*電子うさぎの記憶* v.2.0

C-PTSDなんのその。 本当の事を知りたいだけで食ってます。全ては終わらないパズル。反フロイト・反スピ。

映画 「ベン・イズ・バック」2018/アメリカ

29_a.gif

本日、ネタバレしてます。


見ようと思って、ずっと待っていた作品でした。

とうとう見れました。


見ようとしたのは、2019年でしたが、ちょうどその時私は処方薬物の減薬中でして、「見ると引きずられる物は全て避ける」という状態でした。

「クスリ」と聞くだけで、「らくになりて~」という、処方薬物の減薬から断薬までの道のりの途中では、この映画は見れませんでした。

今はもう、「ああ・・・そういえば、処方薬もゲートドラッグだった・・・」という感じです。




ジュリア・ロバーツが演じたMomが抱えていたものは、怒りと悲しみと、恨みです。

何をしても怒ってしまう、何をしても、悲しくなるという状態。

薬物中毒(今は日本も、薬物中毒には、合法処方薬物も含まれてます)の家族って、感情を破壊されるんだけど、実は、ゲートドラッグから止められなくなって、どうにもならない状態を作り上げた本人が一番「死にたい」「死にたいからクスリ」「クスリがあれば普通に戻れる」「でも、あ、いや、普通にはもう戻れない」「あの時、ワンショットを逃れていれば・・・」の繰り返し。

そもそもの大元は「ゲート・ドラッグ」です。単なるケミカルな物質です。

薬物を「単なる物」と認識できるまで、かなり掛かります。

「ゲート」って門という意味だと思うのですが、私は「地獄の門」(ロダン)を思い出します。「地獄への入り口の門=ゲート」なんだろうか。



本人は、後悔しかしていません。

だから、誰も寄せ付けたくないし、誰も寄り付きたくない。

両方壊れるから。


処方した医者は「合法の医療行為であった。だから、責任は無い」と、思い込んでいます。

ゲートドラッグは、日本でも「安定剤」として普通に処方されていると思います。

一生飲み続けるのなら、いい薬でしょうけれど、2週間以上飲み続けたら「地獄の門の招待状を自ら受け取った」という状態になります。
悪魔が白衣を着ていると、すっかり騙されます。

ジュリア・ロバーツ(Mom)が恨み続けている対象は、「ゲートドラッグを処方した医者」です。


それと、皮肉なことに「お金」も必要になった。


ジュリア・ロバーツの年代の人は、肌の色の違いや人種を超えて共に生きるというのは、かなりの冒険です。

今では、そうでもありません・・・と言いたいところですが、そうでもありません。

息子さんは、自分がすべての責任を背負わされているって感じてます。

なぜなら、白人社会から追い出されたジュリア・ロバーツが「何とか教会なら入れる」けれど、処方した医師は白人だから、もう、見たくない。でも、追い出された。戻りたくても嫌だ。

金が無ければ、息子さんを更生施設に入れることも出来ない。

仕方なく、人種を超えた。

金蔓になっている、今の旦那さんは「こいつのせいで、散々だぜ」と思い続けている。

娘さんは、「形だけでも家族でいなければならない苦痛から逃れたくても、他に頼る人もいない。NOと言えない状況。まだ独立していない21歳未満という年齢制限の中」で生きてる。


息子さんが施設を抜け出して帰ってきた時に、多分その前の年もそうだったんだけど、フラッシュバックを起こしている。

何かが蘇る事があった。(屋根裏部屋で、フラッシュバックが起きた時、その向こう側に何かが見えていた)。

「何か」は、息子さんと娘さんしか知らない。

ということは?

母親にも言えない何か。


「ちょっとした傷」の原因が、スポーツの傷だったのかそうではないのか。
「そうではなかった事」は母親も感づいているけれど、それを見ることが出来ないほど自分も傷つきながら、子供を自分が守りきれなかった事を責めるようなことがあった。


もともと、もう、取り返しのつかないことをした人だけが、映画の中に出てこない。



誰もが傷を負っていて、誰もが「忘れようと努力し続けている事こそ、忘れられない」。

全員が依存状態になっている。


依存症になっている人たちは「アイツのせいだ」と思わなければいられない。

AAでも、その雰囲気はよく出ている。

「アイツのせいだ」と思いながら、自分を責めてる。だから、本当はそこにももう行かないほうが良いのだけれど、身体依存を起こしている場合は「人のせいにする中毒」だけではないから、自分を責めるときにこそ薬物を利用する。自分を責めることは死ぬほど辛いから。

他人はなんとでも言うでしょう。

「薬物中毒の人間は、屑だ」って。


じゃ、私は、処方薬物を「眠れないから服用した」だけで、「人間のクズ」だったわけだ。

という映画。


断薬後、ようやく見ることが出来た。


彼は最後に生き返る。

そして、全ての人の生贄としてしかもう生きられない。


ジュリア・ロバーツ演じるMomは、同じ思いをした女性としか話せないし、近寄れないけれど、頼りはその人しかいなかった。

全員が、自分の重荷を降ろす時、薬物依存をようやく受け入れられる。

それまで耐えられるか、そこまで人間は強いのか。


無理だから、これだけ崩壊していたのではなかろうか。


息子さんは、また「まだ耐えられるかゲーム」に引き戻された。

ようやく、楽になれたのに。


最後のクリスマスプレゼントは、自分の命だったのに。






-ナガイオマケ-

儲かっているのは、映画中に出てくる悪そうな薬物売買の人たちじゃないです。
「中毒の人を止めさせる施設」の営業をしている人たち。経営している医者が常駐するようになりました。
(以前は処方薬物の離脱を助けるビジネスはありませんでしたが、今はあります。ベンゾは筆頭に書いてあります)
これが結構良いビジネスになってる。
最低限で28日間で、日本円で今は200万円~上限なしです。
3回入れば、1000万。

儲かっているのは、医者?


アルコール依存の話だったら、昔なつかしの、「男が女を愛する時」という映画があります。
舞台は、やはりアメリカ。
メグ・ライアンが出ていたので見ました。

あとは、「28DAYS」(デイズ)。サンドラ・ブロックが出てます。彼女もアルコール中毒の人の役を演じていました。

「レイチェルの結婚」(アン・ハサウェイ)もアルコールだったような・・・。薬物?

なぜ、「依存症の映画には、その時の有名な俳優さんが出ているのか?」は、「そうでもしないと見てくれない位、ひどい状態を映画で描くから」でしょうか。
プロパガンダ映画なのに、結局、依存をやめるための施設が乱立するようになってます。

施設の広告映画?

(私も正直、処方薬物(処方された分のみ服用)の減薬中、ネットでその施設のリストを見ていて「こんな快適そうな場所だったら離脱も快適そうに見えるし、医療施設に見えないから良いなあ」と、思いました。が、同時に「経営者は儲かりそうだなあ。中毒になっている人は減らないというより、むしろ増えているものね」とも思いました。)

あ、「Dr.ハウス」という長~いテレビドラマの、ハウス先生自身が痛み止め中毒で、ODしつつ診察してました。

結構、お医者さんってクスリでも飲まなくちゃやってらんないって、日本でも聞きます。

最近、日本もオピオイド系も認可される動きが出てきました。

「安全な特効薬」なのだそうですが、一度認可すれば、「じゃ、痛み止めも、ベンゾの余りを引き取ったときと同じように買ってよ。だって、日本はベンゾを年間6トンも服用している人がいるんだろ?それより儲かるよ」って、どこかの国が言うでしょうね。

「もう、ベンゾ引取先じゃないか。」と言われて、最初にNOを言えなかったら、薬物は止められません。
それって、「需要を作って、供給しなければならない=「先に疾患を作って、供給ルートを確保する事で輸入を認める」という流れじゃないですかね。

日本国内で捌ききれなくなったベンゾのせいで、日本国外からの持ち込みも禁止。日本国外から来た人が処方してもらいたかったら、日本国内で処方してもらって下さいね方式。

薬品は元々自由貿易なんですけど。

巨額が動くのでしょう。

最後のベンゾ離脱から断薬までの間に、目の前に「目が付いたピラミッドに辿り着いてしまう」という体験をしまして、「あ、もう相手がでかすぎます。忘れよう。見なかったことにしよう。あんな所まで繋がってるとなると、もう歯が立たないので、恨みも何もあったものではない。さばくために製造しているという、全く隠れていない大きな資本の流れが見えてしまったのは運が悪かった。妙なもの見ちゃったから、さっさと逃げて忘れよう」と思ってたら、最近、COVID19の特効薬って名前を使って再浮上しているので、「もはや陰謀でもなんでも無くて、堂々とやっておりますな・・・」と呆れています。


「最初のワンショットさえ、NOと言っていれば・・・」。


彼らは、さばくルートを確保してから、製造を始めます。

彼らが見知らぬ他人の体のために善意で薬を売るなんて、今現在は有り得ないです。


この映画、けっこうなホラーでした。


関連記事



*ランキングに参加しております*
   

   

にほんブログ村 にほんブログ村へ

メッセージ・ひとこと






非公開コメント