*電子うさぎの記憶* v.2.0

*電子うさぎの記憶* ヴァージョン2です。 C-PTSDと共に生きています。

音 GREEN KIDS - E.N.T

27_a_2021080716120638d.gif


久しぶりに、ドキッとしました。

とても身近な事だったし、自分にも関わりがあるし、私自身も似たような経験があり、「この人達が居てくれた・・・」と、胸が熱くなりました。

音が出ます↓



私の住む場所の側に学校があります。

里の人たちは、そこに来ている子どもと親を「日本人ではない」と言っていました。

私は「良い子を装えない」ようになっていましたので、里の人達に合わせることが出来ませんでした。

なぜなら、里の人達があまりにも口汚かったから。

そして、こんな田舎なのに、海が目の前にあるのに、彼らを仲間だとは思えない心の狭さに私が傷ついてしまったからでした。

私は、里の人達が怖くなり、自分が日本語以外の言葉を使うということさえ今も彼らに言いません。

そして、日本国外にも親がいるということは、やはり、言えません。


自分が、異端者であることを知られたら、顔が日本人顔なだけで頭の中に、違うクニの価値観や概念や言語が詰まっているだなんて、言えません。

私は、学校に来ている彼らを罵る大人たちと、話を合わせることが出来ませんでした。

彼らは言いました。

「ガイジンがたむろしていて怖いから、店が潰れた」

私は、忘れることが出来ない人です。

いつもは、気の良い漁師さんが、そういう事を言うとは・・・と、思い、青くなりながらやっとの事で「彼らは、日本で生まれて日本で育ってます。」と言うしか出来ませんでした。


私は、コーヒーが好きでして、今はカフェでタバコが吸えないのでもう行きませんから、コーヒー豆を売っているお店に行きます。

そこは、里の人が決して足を運ばないであろう場所ですが、私は、そこに行くとホッとします。

広い駐車場に停めてある、自由なカラーリングを施した車が楽しいです。

たまに、そういう車に煽られますけれども、走る車(安定してスピードの出る車)は、先に行ってもらうのが普通ですから、譲ります。嫌な気持ちがしたことはありません。

彼らは、抜いてから嫌がらせをしないんです。

しかし、単に大きな車というだけで煽る車もいます。
(私はオマワリが嫌いだっての。だから、制限速度を守らないとならない場所は守らないと、嫌いなオマワリに追いかけられることほど嫌なことはないだろうと思ってます)

そういう、「単に車体がでかいだけで、トラック以外」の車は、煽られて譲った後も、運転は下手です。


顔の作りが違うだけで? そう。 私も日本人にしては彫りが深い?とか言われて面倒だったので、「クウォーターだから」と言い逃れをしたこともあります。

日本語を失った時に、帰りたかったクニはここではなかった。でも、ナントカしがみついています。

なぜなら、私と同じ思いをして生きている人を「無かったこと」にはしたくなかったから。

ルーツを聞かれたら、里の人達には「日本のどこそこ」と答えています。
もし、正直に、日本・ドイツ・アイルランド・アメリカ合衆国と答えた場合、彼らがどういう反応をするのかは、目に見えてます。


ちょっと話はズレますが「GREEN」というと、お茶?と思ってしまった。

確かに田んぼも緑ですけれど、どちらかというと、お茶のイメージが強い場所なので・・・。


こういう里が衰退していくのは、里の人達が排他的なのも一因だと思っています。

彼らの頭の中はホコリが詰まってるから。

「だったら、他の、もっと住みやすそうな場所に行けば?」と自問自答するのですが、なんでだろうか。「こういう排他的な場所にいて、命の危険を感じていないのならば、充分ではなかろうか?武装しなくても良いんだし。」とか「私のように、無かった事にされた人は、日本国籍を持っていようといまいと、日本のどこにいても同じであったから、これ以上逃げるのは嫌だ。もう、15回目の引っ越しは無理だ~。疲れる・・・」という消極的な理由だけれど、私を「異物として排除しよう」とする里の少数派に、負けたくない気持ちもある。

それに、本当の私の仕事を理解できるような頭を持った人は、世界でもそんなに多くない。

自然界と人間界の狭間で生きる事を潔しとした意地もあります。


彼らのように、胸張って生きている人たちがいる。

私は、日本国籍を一度も誇りに思えたことがない。彼らの足元にも及ばない。

彼らの詩を聞いていたら、彼らに「しっかりしろよなっ」と肩を叩かれた感じがした。


*ランキングに参加しております*
    にほんブログ村 哲学・思想ブログ 心理学へ

コメント







非公開コメント