*電子うさぎの記憶* v.2.0

C-PTSDなんのその。 本当の事を知りたいだけで食ってます。全ては終わらないパズル。反フロイト・反スピ。

・コトリさん、第一回目の脱走

コトリさん


嵐が来て冬に突入しようとしています。

子猫のコトリさんも、嵐の前に大暴れしておりました。


この間、コトリさんが家から出ていってしまったのですが、非常に楽しそうでした。

コトリさんにとって、家の中から地続きの場所は、家の延長でしかなくて、外も安全だと思っているようです。

アブナイのはヒトの車だけなので、確かに安全です。


コトリさんが兎のように庭の中やらをピョンピョンしているのを見ていたら「家に入ってくれ」というのも気が引けましたので、そのうち帰ってくるだろうと玄関を開けておいたら帰ってきたのでホッとしました。

猫さんにとって外の方がストレスが溜まるというのは、ヒトが多い場所のことなんだろうなあ・・・・と、あのバカっぷりを見ながらフト考えていました。

猫族同士であれば、その境界線もきっちりしているのですが、ヒトが作った道路や家などの境界線は全て無視するという彼らの自由さが好きです。



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私は、ずっと矛盾したことを説得され続けてきたように思います。

虐待加害者云々は置いといて・・・。

前者は「あなたは、人間です。自分を大切にしろ」という押し付け。後者は「あなたはヒトではありません。狂った弱者です。だから治療してその歪みを矯正しなさい。もちろん日本国外ではヤクブツを使わない前提でですが日本の精神科医は個体に対する当事者不在の処方薬物の多剤処方による拷問を最善と思い込んでいるので拷問必至。そして、行動の自由は以前に増して制限される。」ということです。

前者は、普通の人からの言葉を含む説得でして、後者は、精神科医・義務教育の先生・実母の事で相談した機関・報道の人達でした(後は、ネットの中のカウンセラーと称する人達と、ネット内での普通の人達かな)。

面倒なのが後者です。

今、日本だけに大嵐を巻き起こしている報道も、「C-PTSD」を連呼していて非常に迷惑なのですが、彼らの報道によりC-PTSDを知らない人達までが「C-PTSD」を連呼していて困惑&迷惑しています。

後者の人達を捌くのにずっと難儀してきたので、ちょっと黙っててもらいたいのですが・・・。新しい言葉を使いたい気持ちも分かるので、後10年ぐらいは又これまで以上に「フツウを装う必要」を感じています。

そうしなければ、矛盾の矛先を逸らせないからです。


当事者不在でモノを言うのが後者の人達の特徴ですが、おかげさまで私は「自分は弱者で歪みまくっており、ヒトでは無く、矯正しなければならない狂人」という事を教えて頂きまして、人間の醜さをよくよく思い知らされましたし、私はそういうモノであると思い込むに至りました。

まったくありがたい事でございます。

当人不在の処方薬物の大量投与は拷問だと思ってきました。そして、当人不在の断罪も不当であると思ってきました。

ま、こんな事を言っても「木ちがいは強制的に矯正されて当たり前ですし・・・」と思い込むまでには時間が掛かりませんでしたが・・・。


で、後者だけが迷惑かと言うとそうでもなくて、変に「あなたは人間です。大切ですし、フツウです」という前者も迷惑なので、どちらかというと放っておいて下さいませと思ってきました。


ヒトは矛盾した動物である。


私も往々にして矛盾しておりますが、ここまで酷くないです。

矛盾している状態を受け入れているので、それをヒトに対して強要・矯正を促すような事がどうしてもできません。


自らのことを己が知らないというのは本当なんだなあ、そして、日和見の精神でヒトを矯正・強要しても気が付かないというのがヒトという生き物の根本的な欠陥だと思っています。私を含めて。

前者も後者も、私にとっては反面教師ですので、そうはなりたくないな・・・なんて思っていて、ヒト社会(人間界)から精神的に距離を置いて生活していると、辛うじて矛盾の矛先はギリギリの所で避けられますし、私も憤怒の念に駆られることも全くありませんので、この状態がまあまあ楽だと思うような心境にまで至っております。


ちょっと驚いたのですが、心的外傷後ストレス症状(=PTSD・心が非常に傷ついて、それが心に刺さった杭のように抜けなくて苦しむ心境や暮らしを強いられるに至っている状態)を、単なる「ストレス」という耳に聞こえる「ストレス」の部分だけを使って「トラウマ」に置き換えているヒトが非常に多いという事。

聞こえたのが「ストレス」というカタカナだったのだろうな・・・と思いましたが、その程度なんだなあって思ったら、楽そうでいいなあと思いました。

トラウマ映画とか?なんだそれ~


C-PTSDなんて、医者が処方するために、これからガンガン利用し始めそうなので面倒だなあと思いますが、心的外傷後ストレス障害を、単なるストレスと勘違いした普通の人が、C-PTSDを「ストレスがいっぱいの状態」程度との認識は歪んでいますので、矯正してもらいたいです。

何事も軽く扱われてきましたので、「とらうま~」という感覚で「C-PTSDになっちゃった~」という感じの人達が増えそうですので、またも、人間界から距離を遠くしなければ、益々自分を守れないなあと思っています。

その火付け役のヒトが、今日を持って一般人になりますので、「歪んでいて、強制的に矯正されるべき既知外なので、処方薬物を盛られて拷問の目に遭う。これから行く国は特別扱いされればされるほどバケツいっぱいの処方を躊躇されることはない。その後は日本以上に厳しい自由に伴う自己責任が基本。彼女はお金で買えない魂を他人に委ねた責任を問われる」というこれからを思うと、カミングアウトのタイミングまでコントロールされているそのヒトに対しては、「がんばって」という他人事で済ませてもいいかなと思っています。


私にとっては、上記に上げた前者も後者も危険なので、カミングアウトなど危険すぎてできませんし、危険な善意に対しては極力近づかない程度しかできませんが・・・。


ヒトを人と思わず、境界線を超えてくるヒトに対しての防御は、正直言って疲れますし。


あ、カミングアウトすると、今日を持って一般人になるヒトは自動的に「その周囲、家族環境、その家族の構成員は機能不全という事になる。機能不全家族という偏見に晒される。虐待加害者家族に対しての精神分析とカウンセリングは加害者矯正のために必須。そして、そのヒトは加害者によって植え付けられた歪み矯正のため、精神科の大量の処方薬で拷問に遭い、カウンセリングで心を破壊される。そして、普通の人からは障害者として弱者認定とされ弾かれる」ことは、もちろんご存知であったと思います。

それらを一手に引き受ける覚悟がお有りであって、その上カミングアウトをする勇気は、私にはありません。


本日を持って一般人になられる方は、全ての偏見と差別に晒される覚悟が有ったと認識していますので、随分頑丈なヒトなのだなあと感心しつつ傍観しています。

あそこは、日本なんかよりずっと「誰も決して助けてくれない」という場所です。どんな地位に有っても。

「はい、がんばって」




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