*電子うさぎの記憶* v.2.0

C-PTSDなんのその。 本当の事を知りたいだけで食ってます。全ては終わらないパズル。反フロイト・反スピ。

日記 2021年 11月

44_a.gif


2021年 11月


11/1(月)
・トンデモナイ本を読んでいると、世も末だなあと世紀末まであと80年近くあるのに、すでにそんな想いに駆られている。
・そろそろ「私の一番好きな本」を書こうと思うのだが、面白すぎてまだ半分しか読んでいない。すべて読んだらモッタイナイとおもってしまっている。
・その本の訳者がこれまた非常に面白い人で、昭和15年発行の本は、どうやら戦火をくぐり抜け、占領していたアメリカから隠し通した一冊だと思う。
・坂口安吾でさえ「検閲」に引っかかって「発禁」の措置を取られたけれど、隠し持っていた人が「復刊」ということをしました。焚書は日本でも行われていたのですが、そりゃ無いぜアミーゴという人が知らんふりをして、サクッと復刊したので、あっぱれと思ったものです。

・精神科の暴挙は暇がないのですが、「心的外傷により、脳に傷がある」というのは大嘘というのは、もう誰もが知っているのに、もしかしたら、そういう脅しでお客さま(患者さん)が「CTかMRIを使ってもいいから、本当のことを知りたい」とおっしゃるかも知れませんが、ウソを真にすることは不可能なのです。
しかし、精神科医は、見たこともない脳のスキャン画像を見て「あ~、ここに傷がありますね」なんて言ったら、その精神科医の脳に、ホンモノの傷とやらを付けて頂いて、それを見本にして比べるという事をして頂きたいです。

ったく、トンデモネーナッ



11/2(火)
・トンデモナイ本というのを避けてきたのだけれど、ここまで当事者不在で一方的にまくしたてるのが精神科と臨床心理士という類の人間なのだなを再検証している。

・ハーマン以前にもトンデモな精神分析をする人は居た。フロイトという爺さんがその筆頭に挙げられるけれど、フロイトの撒いた種が巨木になって、次々に腐臭を伴う大きな実をつけては地に落ちるという事を繰り返している。
ハーマンと対峙したロフタスにしても「アカデミック(学問)の中での闘争」を、当事者不在でやってしまっている。

・では、「偽りの記憶」とはなにか?
「偽りの記憶」は、催眠暗示及び催眠療法の間に「いきなり蘇る」というものらしい。

・催眠というもののメカニズムは解明されていないが、起きる直前の夢は「鮮明で、夢とは思えない」ぐらい鮮明なものがある。ただし、それは「夢」であって、現実ではないことぐらい「事実としての記憶を持っている人なら判別できるもの」。

・薄っすら起きているが眠ってもいる時の状態を「催眠療法」として利用しているのだが、私は演習でも何でも「一度も催眠を描けられた状態に入り込めない」という経験をしている。
よっぽど、しっかり起きている時に、カウンセラーやサイコセラピストや精神科医が全く関わらない当時に覚えていることしか思い出せない。しかも、それが変化するということはない。

・どうやら普通の人は記憶を歪めたり、記憶に付随している感情を取り除いたり、適当に改変したりしているようだ。
私はそれが出来ない。普通の人のように記憶を曖昧にしてその日を送るという、ある意味生きる技術がナイ。
しかし、私は過去も現在も事実が変化しないのと同じように、記憶は変化しない。

・そして、記憶野という場所が脳のどこにあるのか?は謎である。実は「脳には記憶するという箇所が存在していない」という謎がある。
記憶は一体脳か体のどこにあるのか?をまだ探している。

・脳の各箇所が破損するとこうなる、という生体実験をしなくても分かることや、脳外科の先生が手術する時に「ここはどういう働きをしているから触れない」というように、慎重に積み上げているのが脳の生理学だったりする。

・脳に関しては、何も分かっていないというのがホント。
スマホみたいにミニ・SDや、ミニUSBのように取り外しができるものではない。

・何も分かっていないのに、「偽の記憶だ、蘇った記憶だ、それは思い込みだ」と同じ学問分野の人が大騒ぎしているのを見聞きしたりすると、当事者は「迷惑だ」と感じている。なぜなら、そういう諍いをマスメディアが「マッテマシタ!」と食いついて、トンチンカンな情報を垂れ流し、普通の人までもがトンチンカンになるという悪循環を繰り返しているからです。
・「全ては虚偽記憶だ」とは、ロフタスも言っていないであろう。彼女がそうだったら、彼女の存在も「虚像」であるからです。

・私の記憶は忘れることが出来ない記録に匹敵するが、その記録に対しては精神科医も臨床心理士も心理療法士もカウンセラーもセラピストも関わっていない。
(9才の時~メモやノートを持ち歩いているし、その時に使った辞書に印をつけてあるので、その辞書も何十年も持ち歩いている。物的証拠は「その当時、その時起こったことを書いておいた外部記録装置である紙」がどの時点で有効であるかどうかが分からなくても、「1980年以前から虚偽記憶と言われ続けたので、書くようになった」のは、子供であっても出来た)

・私は空想が大好きだし、考えることも趣味だけれども、「悪意のある捏造」など出来ないし、そもそも、虐待加害者をどうにかしたいというより、「一番忘れたい記憶」であって、当事者の一人として、「その記憶は忘れたい」と思っている。

・忘れたい記憶を、他人にペラペラ話してしまうかどうか?は、私の場合しか分からないが「口外するなと言われた事以外でも、口外しない。なぜなら、疑われるのは被害者側であるのは常識だから」位は心得ているので、加害者を訴えるより「静かで穏やかな生活であれば、それに越したことはない。目立ちたくないし、マスメディアに煽られた大衆ほど怖いものはない」と思っている。
隣の人間より、マスコミに煽られた見知らぬ大衆が狂気に変わるのが普通だから、それを避けるのは当然だと思う。

・私が幼い時からのノートやメモを持ち歩いているのは、当時は大暴れしていた父のお陰。
彼は法科を出た。その道の仕事をしていた。彼は「物的証拠と、記録のみが証拠として通用する」という事を口を酸っぱくして言い続けていた。それが無ければ、私は父親を「虐待加害者」と吊るし上げてしまっただろうし、逆に「心的外傷に至るほどの虐待加害者は実母だった」ということを理解できなかっただろうし、大人になってから落ち着いてじっくり検証することも出来なかったであろう。

・私は法廷に引っ張り出されても、精神科や臨床心理師や心理療法士に勝つつもりで生きてきた。
「植え付けられていない記録」は、法廷で有効である。それが、幼い子供の字であっても。

・今、虐待に遭っている人は、その記憶を疑われないように、日付と有った事をメモやノートに残して欲しい。出来たらスマホを利用して写真や音声を取っておいて欲しい。
大人や他人は、「事実を歪める」のを何とも思わないのだから。
(ヒトの最大のエラーは、「共感する能力が非常に低い」という事だと思う。前頭前野がどうかしてる。)

・そして今、何らかの伝染病に対して、何らかの措置が取られているが、その証拠はどこに有るのか?を、探している。

・今後、これほど長く沢山の人が恐怖を味わっている状態は「異常だった」と証明するには、「身近な人の言動の記録、写真・音声・マスコミの報道・クニの広報」を後から検証する必要が必ず出てくる。
「陰謀論ではなかった」を証明するには、今できることがある。「とにかく、感情を入れない記録を他者に委ねず逐一取っておくこと」です。

そうしなければ、「気のせい」と言われて終了です。

この世界は、まだ「何も分かっていない」という前提をよくアタマに入れておくことが必要だという事を、私は父から教わった。それが役に立っています。

一人ひとりの記録が山積みになって、後から検証できる状態にしておくことが、身を守る方法の一つ。
紙に書いた記録でも良いし、裏ツイッターでも良い。とにかく、記録を残しておくこと。
そして、その記録を使わなければ、それに越したことはないと知っておくことが身を守る方法です。

・2020年2月から起こったことを、記録に残している人は落ち着いているのではないかと思いますが、記録を読み返すと心的外傷にまでならないという事もあります。それは「自分が生きてきた記録」だからです。
その反面「辛くても生きなければならなかった原因も同時に記録されている」のが、裏アカウントのツイッターだったり、人に見せないノートの記録だったりします。

・世界的に「何度も繰り返され、何年にも渡って精神的に恐怖を味わい続けるという状態」を検証する必要が有る時に、役に立つのが「自分の外に書いた・スマホなどの記録メディアに記録した記録」です。
これは、誰にでも出来ます。誰にも言わなくても出来ることです。

もう、だれも、犠牲になってはいけない。としか、私には言えません。もう、繰り返さないようにするには、自分の記録を見返すことが出来る状態を自らの手で記録し続けることです。

もともと、「徒然」「日記」をこよなく好んできた日本の人達の記録のお陰で、権力者は下手なことが出来ないでおります。個人が「誰かを攻撃する目的ではない記録」は、そこに不要な感情が入っていないだけに説得力が有るのでしょう。

日本の人達の「メモ好き・日記をちょっとでも書くのが日課・ツイッターなどのSNSでの記録好き」は、自らを穏やかに保とうとしている知恵なのではないかと思います。





11/3(水)
・海→流木拾い 一月ぶりで目の前の海へ。近くて遠い海。
・昨日から読み始めた「危険な精神分析」を読んで、時々頭の中がカオスになって、古今亭志ん生の日本語が益々分からなくなって日付が飛ぶかと思った。
この本に、あと15年早く出会いたかった。
ハーマン氏の動画を見つけて「ああ、この人イッチャッテルねえ」と思った。騒動が収まったように見えて、日本は「ビバ・ハーマン」のままなので、きっと彼女は日本に来たら又大歓迎を受けるだろうな。
・ハーマンに対するロフタス氏の持ち上げられ方も異常。

アメリカというクニは、スーパーナチュラルを本気で信じている人が本当に多いのかどうか、行ってビックリしたけれど、逆を言うと「何をやっても何を信じてもどうせきちがいだも~ん」と開き直ったら勝ちというタフさは失いたくないものだと思った。

しかし、「本当の被害者」が声を上げ難くなったり、アメリカの「襲われても助けなかったニュース」を見た時に「下手に助けて助けた人が犯人に撃たれるかも。そして、襲われた人はハーマンに洗脳されてるかも・・・。そして、襲われた人が本当にサバトに参加していたのかも・・・」という背景を、なぜ報道しなかったのか分からなかったが、20年後、ようやく分かった。

助けない方が悪いのではなく、ハーマンが悪いってこと。
そして、襲われた人は悪くなくて、襲った人が悪いってこと。
そんな簡単な事も見失ってるクレイジーなクニ。

ハーマンが「催眠療法さいこ~」ってやったせいで、前世療法が今日本で「ヒプノナントカ」という違法行為になってるのに、なんで司法が介入しないのか分からん。
あのなあ、人権侵害って絵に描いた餅じゃないですよ。

では、ハーマンさんの動画、「偽記憶症候群財団」、神輿に担ぎ上げられたロフタス氏の動画を並べてみましょうかね。

本当に被害に遭った人が、これ以上傷つかないように地味に地味に書き続けます。
地味でも、地道に「暴力に遭った当事者が疑われないように、静かに声を上げ続ける」というのは、大炎上より長く続けられそうなので。

ただし、私を含めた被害者が本当はどういう生活をしたいか?というと、「静かで穏やかな生活」なだけなので、注目されたくないという矛盾も抱えている。

それでも、何も言わなければ、又「なかったこと」にされてしまう。その方が怖い。



11/6(土)
・庭の土を網でこしています。
土を作りたいなあ・・・と思ってから、ようやくストーキングジジイがいなくなって、冬直前になってしまった。
それでも、昨日は「ハナニラ」と「イキシア・ヴィリディフローラ」と「ムスカリ」を一旦、鉢に植えました。
土が出来たらそのまま移植しようと思ってます。
・寒くなると、コンビニの前で地面に座って温かいものを食べるという光景に出会います。なんならベンチを置いてあげたいのですが、決められた場所は避けるんだろうな~と、ふと思いました。自分がそうだったから・・・。



11/9(火)
・花壇の花の剪定。
・「コロナは殺人ウイルス!危険!三密を守りましょう」って、メディアによるオペラント条件付けの、世界規模の実験を見ている気がする。




11/10(水)
・ローズゼラニウムの剪定と、挿し木
・キャットニップの種まき
(種まき用の土の「バーミキュライト」は水を吸わないので、古いお椀の中に先に水を入れておいて、その中に土を入れてお箸でかき回したら見事に水と土が混ざった。古いお椀と古いお箸が大活躍)
・日々草の冬越しのための剪定
・ヒメマツバソウがバラバラの鉢だったので、一つにまとめる
・スイセン科の「スノードロップ」の球根を鉢に植えてみた。




11/11(木)
・夜中のドライブ。星がたくさんで「暗いって良いわ~」と思った。(星がたくさん見えるから)
・夜中のドライブの理由は、「車のウィンドウの油膜取りとコーティングがしっかり出来ているか?」の検証を重ねるため。
窓拭きをサボっていた期間が長く、油膜をしっかり取るために「油膜取り」「無類アルコール」などでしっかり取った。
つかれた~。次からは適当に「台所食器洗い洗剤」か「レンジの油まで落とすっ洗剤」で吹き上げるだけでも良いにしてほしい。
・コーティング剤は安すぎて効かなかった。曇り止めがダメだ。なぜだ。




11/12(金)
・浴室から出た場所の床が、なんと木で、洗面所にもなっている場所なのに「床が木」はいただけないので、ビニール製のクッションフロアを貼り付けた。
・いつものように、洗面所の床を新聞紙で型取りして、クッションフロアに貼り付けて切り取り→洗面所の床に「クッションフロア用のボンド(固まるゴム・ラテックス)を塗って、10分後から貼り付け→貼り付け終わったら、洗面所の床なので、クッションフロアを貼った場所と壁の隙間にコーキング。
・施工時間、のんびりやって4時間。(途中でご飯食べたりしてた)

・大好きカインズに行って、赤玉土と腐葉土と土に入れ込む「微生物たっぷりのナニカ」を買ってきた。
・ついでに「檸檬の木のミニ盆栽を発見!珍しいし、何故か半額」とおもって衝動買したら、「楡欅(ニレケヤキ)」ということが8時間後に分かってガッカリ。
漢字がごちゃごちゃしていて、ついつい「読みたい字」に変換してしまった。
¥200。
どうしましょう・・・。ミニ盆栽までスタートしました。

・観葉植物は、なぜか株が勝手に増えていくのでワサワサで、幹が太くなっていっていて、植替えを定期的にしていますが「冬は勘弁してよね」と思い、脇屋の柔らかい日差しで真冬でも10度以下にはならんだろ、、、という場所にもう移動させたら、脇屋が「観葉植物園」みたいになってびっくりした。

・今年は、沢山の球根が秋植えなのだけれど、秋に間に合わなかったら、冬でも良いから土に埋めておこうと思う。(普通に保管しとくと忘れそうなので、冬の間にそのまま冬眠で、来年の秋に「あ、秋?」って目覚めてもらえば良いかもな・・・。もういい。植え遅れた!)




11/17(水)
・排水口からドブの匂いが昇ってきていたので、側溝の清掃をした。高圧洗浄機を使っているけれど、こんなに何度も出動するとは・・・。
掃除の途中に、「自分でやらずに業者に頼めば?」と、何もせずに眺めている人(男)が言った。
ヘドロが飛び散っていたので、しばらくそのままその人に浴びさせていたけれど、あまりにもウザいので「側溝のヘドロを浴びるとナニカに感染しますよ」と言ったら、飛び退るように逃げていった。
頭の中が、何かに感染しているのだろうか?

・側溝を洗ったら排水口から臭ってくるドブ臭さは無くなった。スッキリした。

・見上げたら、月がとても綺麗だった。
雲間から放射状に光を上に照らしていた。

・遅ればせながら高橋洋一さんの本を読み始めた。「さらば財務省!」という2008年の本で、「知らないでは済ませられないこと」がたくさん書いてある。

・メディアは政治も経済も遊びかネタだとしか思っていないし、殆どの政治家も官僚も自分たちが「一番偉い」と思っていそうな気がする。

・経済を「面白いパズル」だと感じることで乗り切ってきたであろう高橋さんは、ナカナカの策士で、やはり「自分が一番好きなことをやっていれば、逆境なんて小さな石ころ程度にしか感じないのだなあと思った。

・ただ、この人が様々な所で、沢山の人達と協力しながら活躍してこなければ、日本は確実に倒産していただろうと思う。

・大蔵省を解体しても、まだ官僚はそのまま残っているのだろうし、霞が関・永田町はまだ明治のままだと思った。まるで明治維新より前のままの封建的な「宮仕え」が、衣装を着物からスーツに変えただけで、そのままの「殿様の下で働いている様子」は、中国に「開放」されるまでのチベットにそっくりなので、「そのうちそうなるだろう。日本も例外ではない。が、いかんせん中国というクニは巨大化し過ぎてもう身動きが取れなくなっている。太りすぎた生き物は自分の生命を縮めるものだ」と思っている。

・1945年に一応終戦したが、その2年後にはイスラエル建国の為に「戦勝国も戦敗国も同時に、又戦争を始めていた」というのを知ると、ヒトという種族が何も変化していないことが分かる。

・ここ一ヶ月間、外出後に、手っ取り早く5ALAを口に放り込み始めてから、2021年5月23日以降(この地域のナニカ注射開始以降)、外出後に異常なだるさと喉の痛みやら微熱、湿疹・喘息の発作が一切出なくなった。サプリメントのプラセボかもしれないけれど、安いからそれでも良いかな~と思う。
(今日は人混みに行ったので・・・)




11/20(土)
・日本全国が渋滞しているようでした。2月にはナニカの第六波がやってくるという予言をニュースサイトで見たので、予言が当たると踏んだ人達が「今しか出られないかもしれない」という気持ちが、大渋滞を起こしているのかもしれません。
みなさんが凄いと思うのは、「自粛要請に従う能力が高い」ということです。
わたくしは、自粛要請が無くても「今週一週間は外に出たくない。無理。自主規制」とか、ゴミ出し以外は普通に本ばかり読んでたりします。

・本日は子猫のコトリさんが、あまりにも付いて回ってしまって「踏んでしまうのではないか?」とヒヤヒヤし続けて心がヘトヘトになったので、六畳一間に居てもらってます。
たまには休ませてくりょ。
あの、3.5kg以上になった子猫さんが、ぴょーんと飛び上がってセミのように私の背中にひっつくのを楽しみにしているようですが、怖い。
相手は小型の猛獣なので、つい逃げてしまうのですが、逃げると追いかけてくるので必死になります。

・日々草とハイビスカスは冬支度で剪定後、物置の中の日当たりの良さそうな場所でお休み中です。
・ローズゼラニウム(虫除け草)は、挿し木が全滅するのかどうなのか分かりませんが・・・、7本中枯れてしまったのがまだ無いので、様子見。
・ムスカリは全部芽が出てきましたが、あんなにしっかりした芽だとは驚きです。
・ハナニラは日陰で一日中日が差さない場所に置いてみました。音沙汰なしです。
・スノーフレークは、深く埋めても良かったのかもしれませんが、ちょっとどうなるか分かりません。
他の球根は、適当に埋めて、アイスの棒に「ナントカ」と書いて、いつか芽が出るかもしれないなあ程度でも良いやと思っています。
・キャットニップの芽が出てきたのですが、芽が出てきたので太陽が当たる場所に移動します。




11/23(曜日失う)
・ここのところ全くやる気が出ない。
・でもようやく、1枚だけミラーフィルムを貼れた。ホッとした。ヒトが駄目だ。
・世界反ワクチンデモというのが行われたと、適当に見ていたツイッターのタイムラインをウロウロしていたら見つけた。
反ワクチンの前に、「新型コロナウイルスが存在していない」=「王様の耳はロバの耳」が証明されてない。
有るのかも、無いのかも証明されていない。
完全にカオスであって、人がたくさん集まる場所に出かけると考えただけで気がふっと遠くなり、首が亀さんのように竦む。
「何のためのデモ?」なの?
そのデモのためには、「大元が存在しているかどうか?」が分かっているからだよね?

一体、これは、何なのだろうか?

何に反対している。
その「ナニ」につながっている大元が「わかんない」という結論の論文だよ。

日本のヒトは、民主主義を履き違えている。
「自らが、国を主導している。」が民主主義の基本で、「国の下で自由にしている」のは、「社会主義」という思想の基本。

この国の人は、自分が「社会主義であることすら気がついていない」のだろうか?

皆がやり始めたデモに「人数が増えた」のが嬉しいのではなく、「自らがどう関わっているのか?」を考えて「お祭りしている」のか、そこまで考えている人達と話していると(日本では見つからない)、私の居場所はやはり、「日本社会ではない。だって、思想が民主主義だから」という事になってしまう。

マスクを外すかどうか?は、マスクを着けるかどうか?と同じで、「花粉症のヒトは、それが必要なら着けるでしょうね」と思うし、クニは「協力を求めている」だけであって、ナニも強制していない。

いったい、強制していないクニにナニが届くというのか。

デモなんてやらなくても、私はこの海の里に住んで、ニュースを「架空社会のことだろう」としか思えないまま2年間が過ぎた。
私だけ、エアポケットに入ってしまっちまったような気がする。
まるで、昔の「ナントカトライアングル」という海域で消息を絶った飛行機と乗員のように。

で、一応「マスクの協力を呼びかけている、民間のお店」は、私がお世話になっているので協力しているが、役所で「体温計れ!ここに立て!」はことごとく無視している。
もし、役人に「そこで体温を測って下さい」といった瞬間に、役人が越権行為で人権侵害と憲法違反を同時に行うことになるだけだ。簡単なことだ。

なぜ、「クニはあなた方が所有しています」という簡単なことをガッコウで教えないのだろうか?
たった一行じゃないか。

無気力もなる。「右に習えデモが、お祭りで楽しい」は、小学校に入って数年の感覚だ。

「一人で参加するには勇気が必要」?意味がわからない。一人ひとりがこの国を所有しているのに、なぜ、一人がそんなに怖いのだろうか?わからない。

9月始めから、私は一人でこの多い気な家を維持していて、全てを回している。
「Yenの持ち主は、日本銀行ではなく、日本人一人ひとりが取り返すべき最初のもの」ということがなぜ出てこない?
自らの価値を目で見たり出来る数字を、自分の手に持つことがなぜ「日本銀行に任せる」というお人好しでいられるのだ?

不思議過ぎる日本。

本気で、この二年間で、無気力になった。
見切ってればよかった。あの時に。
という訳で、元の場所に戻ろうと思う。

何を言っても響く人達の中は今でも楽だから。

無気力。これは、私の失敗から来るものだ。




関連記事



*ランキングに参加しております*
   

   

にほんブログ村 にほんブログ村へ

メッセージ・ひとこと






非公開コメント