*電子うさぎの記憶* v.2.0

C-PTSDなんのその。 本当の事を知りたいだけで食ってます。全ては終わらないパズル。反フロイト・反スピ。

・「20%」・・・よく突き当たる数字 

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本日、太平洋側の波は、大荒れです。

波が防波堤を乗り越えているので、近寄れません。

ちょっと今日は日中、涼しかったです。(冬はどこ行った)


駄文です。


数字を見ていると、「それは嘘だろうな。じゃ、元ネタ調べに行こうかな」が、ほぼ趣味になっていて、結果として「え、本当だった」「おお、やはり操作されてましたか」とか、「辿り着けない数字(どこまでもナゾの数字)」というのがあります。


20%というのは、かなりよく目にする数字です。


便利な数字なのでしょうか。

10人中2人。

「自分も当てはまるかも知れない」、または、「自分には当てはまらないだろう」という錯覚を起こすには、充分な数字です。


私は、ずっと C-PTSD について考えていて、もはやライフワークになりつつ有るのですが・・・

心的外傷=「死ぬ目に遭ったが、九死に一生を得た状態で、その記憶が感情とともに鮮明に記憶され、感情を伴った記憶が時と場所を選ばずいきなり思い出される。忘れられないという苦痛を引き起こす出来事に遭った時になる状態」です。


「誰もがPTSDになる訳ではない。」という数字があります。

その場に居合わせた 20%の人が、PTSDになる可能性がある。

しかし、その場に居合わせた 80%は、PTSDにならない可能性がある。

上記がいわゆる「PTSDになる人が20%説」です。



なんとも曖昧ですが、この数字のマジックは、マスコミの報道が操作しやすい。

「こんな大きな事があったのに、ほとんどの人は、その後の生活を難なく送っている」と報道するか、「こんなに大きな事があったのです。PTSDになる人がいるでしょう」という報道にするか。

では、どちらの報道の方が、感情を煽ることが出来るか?

後者でしょう。ビビりますもの。

その上、ニュース解説をする人が「そうですね。少なくとも20%の人は、PTSDを避けられないでしょうね」と、暗示を強めます。

ビビってた私は、「ひ~~~~!」ってなります。


でも、この数字は、マジックです。


まず、20%の母数が分からない。

その場に一人でいたら、20%の確率でPTSDになる。

もし、その場にいた人が1人なら、体を5つに切り分けられます。無理です。
(20%は、5分の1の確率だから、5つに分割)


その場に10人いたら、8人はPTSDにならない。しかし、2人は深刻な状態になる。

多数決を小学校から習うので、「多い方が採択される」という学校のクラスの運営を見ていると、「自分はPTSDになりたくないっ。希望は有るぞ。80%の中に入れば良いのだ。他の2人は可哀想だけどさっ」みたいな、思考回路を作られているので、「自分はPTSDにならないだろう。なぜなら、80%の人はPTSDにならないって言ってるじゃないか」で、スルー。



しかし、そこでニュースをスルーした人が、PTSDになった場合「100%」です。

その人が、PTSDになった場合、その人にとったら「100%」PTSDです。




さて・・・。

大災害などが起こると、情報は遅延します。

ヒトは賢いですので、情報が遅延している間に生き延びようとして、自分を助けようとします。
なんとな~く、他人の顔を見てホッとしたり、身を寄せ合ったり、怖かった感情を表す相手を見つけ、「その場の感情を共有する=生き延びる」という能力を発揮します。

すると、やはり、80%の人は「PTSDにならない状態を、自ら作り出す力がある」という数字になります。

そして、その場を共有した人は、PTSDになった20%の人を「他人事」にするには、ちょいと難しい状態になります。

結束力が高まるのは、情報が入ってくるまでの「数分~数時間」です。

当事者にとったら、その数字の意味が変わってきます。



では、1人でいる場合にPTSDになった人がいたとしましょう。

1つ仮定を変えて、数字を作ってみましょう。

変えた仮定:
周りに1人でも「同じ感情を抱いたことが有る」という人がいる場合と、「感情を共有できる人が全くいない」場合。

作った数字:
感情の共有がなされない場合は、苦しみの度合いが強くなる人が80%。
一方、感情の共有がなされない場合でも影響がない、もしくは、苦しみの度合いが強くならない人が20%。


もうこうなってくると、細かい数字の迷路(パズル)になるのですが・・・。



上記の仮定がわかりやすいように、数字を変えましょう。(母数を「1」から「100」に勝手に変えてみます=情報を操作してみます)

大きな事が起こった場合、そこに100人いたら、20人がPTSDになる可能性がある。(20%PTSD説)
その20人は、その場の感情を共有した人がいなかったと、仮定。
100人中20人はPTSDになる可能性があり、その内の20%は感情の共有がなくてもPTSDとともに生きられるとしたら、20人中4人は生き延びられる。
一方、PTSDになり、感情の共有がなく辛さの強度が増す80%の人は、PTSDの辛さで自殺を選ぶとします。
すると、自殺する人は、16人。


この20%という数字の裏には、80%という数が隠れています。
もしくは、80%の方を情報として利用して、20%を隠す場合があります。

仮定として、入れた20%を算出すると、大災害が起こると100人中16人が何らかの死を選ぶことになります。

「ちょっとした仮定の変更/母数の変更が、推定自殺者数を決めてしまう怖さ」があります。

こういう仮定は無効なので、結果が「想定外、想定内」ではなく、現実には「未知数」ですので、勝手な仮定よりもデータを待ったほうが懸命です。

1つでも仮定を変え、仮定の数字を入れ替えてしまうと、「100人中16人も亡くなる」というトンデモナイ、ニセの数字が堂々と発表されることになります。



話は、冒頭の「20%」に戻ります。

ニュースなんて、いちいち見てないようでいて、なぜニュースの見出しだけでも見ることが出来るか?というと、「きっと自分以外の人が、PTSDになるのだろう」と、ニュースと、ニュースの数字を一瞬で弾く情報処理を頭の中でするからです。

「自分は大丈夫だが、他の人(20%)は大丈夫ではないだろうな」って、誰もが思っているというデータがあります。皮肉にも。

その状態は、「火の粉が身に降り掛かっているのに、現実の数字より、いつもニュースのヘッドラインを見ていて、弾いていた方法を利用しているだけ」です。

そんな事してると、自分のケツに火がついても「あ~あ。大変だよねえ・・・」と他人事にしている状態は危険なので、「自分の身に火の粉が掛かったら、その火の粉を自分で払える程度、自分に対して興味を持っていた人」は、助かる可能性の確率が上がるかも知れません。


数字は、表示される物は同じ数字なのですが、「一切客観的データになり得ない」のは、数字を受け取った瞬間に「数字(データ)を、その人が情報処理して、主観的な数字に変えるから」です。


数字は人の発明ですが・・・。

ほとんど手品みたいなもので、私もよく騙されます。

最初から騙されてるだろう・・・と思うので、疑い深く慎重になります。


重箱の隅をつついて「こういうふうにすれば、大丈夫かも!」を引っ張り出すのは、かなり面白い作業です。



私の場合は、こういうパズルをやっていると、落ち込まなくて済んだり、落ち込んでも水面上に上がってきて息ができるようになります。

こういう方法で、落ち込みを回避したり浮上する人は、「落ち込んだ人の内の20%」なのかも知れません。


どうでもいいパズルで、自分が好きなゲームをすると、落ち込みきらないか、浮上してくるのは、「脳内物質の分泌量や、需要量の変化の影響」だけなのかも知れません。

そして、その「脳内になんかの物質の量を上手に調整する能力を持っている人」も、いる可能性があります。


ですから、DNAが「個体によって、違う反応をするプログラムになっている」と考えるほうが、自然です。



最初に戻りますが、PTSD説の20%の分母は不明です。



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