*電子うさぎの記憶* v.2.0

迷惑なサイコパス炙り出し・フロイトの手の内暴露・偽スピ系/偽精神科医/偽カウンセラー潰し。人を攻撃する目的皆無

・テレビ報道殿と群集心理

長いので、元動画を見たほうが早いと思います。


元動画

Mattias Desmet on Covid mass psychosis//September 5th, 2021
https://odysee.com/@jermwarfare:2/mattias-desmet:6

47分程度です。
英語ですので、「英語→日本語、音声翻訳アプリ」をご利用ください。


battle of ideas は、直訳するとちょっとキツイ感じですが、意味は、「各々が経験を積みながら生き抜いて来た方法。その経験を沢山聞いて、話して、面白く生きようよ。自分とあなたの経験が違うからこそ、そこに面白いアイデアが生まれるかもしれないよ。

という意味です。だと思う^^;

オープニングは、戦闘のシーンや怪しい画像が流れますが、「こういう過去があっても、俺ら、生きてきたじゃん」と、オープニングの最後に笑ってます。

過去の血なまぐささから、どう抜けるか?というアイデアは、一人ひとりの経験を通して見つかるかもね。というポッドキャスターの思いがオープニングに詰まってるかもね。

私は彼じゃないから、正確には聞いてみないと分かりません^^;






はじめに--

下のダラダラを書いていたら、不思議なことに気が付きました。

コロナ・COVID19・ウイルス・ワクチンという言葉を一切使ってないんです。あ、使ってます。でも、話の中心は「オソロシイ感染症」ではないのです。

今、マティアスさん(群衆・集団心理学/個人的な行動に関する心理学とかいろいろ、仮説を立てて、記録して、話を聞いて、データを集めて解析して・・・という学者さんです)の話を面白いな~と思って聞いているのですが・・・

やはり、マティアスさんも「不思議なのですよ。最初から漠然とした不安が同時に存在しているんです。COVIDで亡くなった方々の数の発表だったら、それを聞いたグループは通常COVIDを怖がるようになります。でも、亡くなった方々の数がいくら増えても、ロックダウンしようとしまいと、COVIDでは無いものに対して、不安や焦燥感を感じて、心理的な飢餓感を感じてるという数字が出てたんです。僕ね、これ、不思議でですねえ・・・。僕はこれはサイコロジカル・クライシスだと気が付いたんです。」という話です。

サイコロジカル・クライシス (心理的な極限状態による、心的破壊が想定される危機的状態)・・・

へへへっ

涎もんです。


で、マティアスさんは続けます。

個人個人で、感じている憂鬱で不安、意味のない怒りで集団が壊れそうになると、ヒトは「リ・コネクト(もう一度、繋がろうとする行動)」に移ります。

その時に、マスメディアが「原因はこれですよ」とアナウンスするとしますね。すると。マスメディアのアナウンスする「原因」が、彼ら個人個人をネガティブで不安で憂鬱で、無意味な無気力感から、ポジティブな固い結束(強固な繋がり)として、再構築されます。

で、ですね、その再構築された繋がりや集団の結束は、ネガティブだった時よりもずっと強いものになっています。

つまり、マスメディアが何かをアナウンスする度に、集団の結束力=原因が分かっている者同士の心的繋りが、強くなります。

(※ 心的繋り(さいころじかる・ボンド)=関係を保っている相手/関係を保ちたい相手/戦いたくない相手/との間に保たれている安心した感覚→愛情とか、情とかいいます。  
ネガティブな意味でも使う事があります。恨んでいる/呪っている/怒っている/我慢できない相手との繋がりも心的繋がりです。が、ここでは、前者の話です。「愛情や情・安心している相手を大切にしたい感覚」と定義しています。
心理学用語ってなんか固いっすね^^;)

ですから、その固い結束力で繋がっている集団や、個人の心は以前より、段々ポジティブなものに変化していきます。
その大きな流れ(ナラティブ)にようやく乗った苦労に水を差す人は「集団の結束に対する不安因子(集団の心的結束を破壊する危険な原因になるかも!な人)」なので、排除しなければ、また意味不明の不安に陥ってしまいます。


インタビュアーさん:「催眠暗示?」。

マティアスさん:「あ、そうですそうです、全くその通りです」


あ、ウイルスは関係ないですね、

むしろ、ウイルスの報道は、集団の再形成・再結束に一役買っています。

以前は、ドイツ、特にベルリンですが、800万人の人が住んでいますが・・・、おおよそ10億錠の薬を消費していたほどでした。
ですから、それに拍車をかけての不安や無意味な無気力によって集団の破壊が起こった時、以前は原因が分からなかったのに「報道が教えてくれた」ので、それを接着剤にして心的繋がり(サイコロジカル・ボンド)を徐々に再形成していったという流れ(ナラティブ)になります。

(※ 日本が病んでる・・・なんて、かわいいもんだったんですね^^; )




※←私の感想やら、用語の解説です。






背景--

お笑い芸人やらワイドショーに成り下がった報道番組やらが、今更「ワクチンって普通じゃない。ワクチン打つの?ただの風邪。やりすぎ」って言ってもね、だめ。

「最初に首根っこを抑える、頭を潰しておく」が、肝心でした。

なぜなら、「条件づけされて、その行動が常動行動(癖として定着している行動・思考)になっている時、何を言っても、その行動によって固定されてしまった思考は、記憶から消えることはない。
条件付けされた行動・思考はほぼ消えない状態まで刷り込まれている」から。

催眠暗示は、以前このブログに書いたように「自分を暗示にかけることは簡単」ですが、自分の外側から仕掛けられた大規模な集団催眠暗示は、なかなか手ごわいです。

それらの暗示を解くには、完全に解けないとしても「情報発信をしているマスメディアへの異論を唱える・主張を続ける」ということが必要・・・と、マティアスさんは言います。

催眠暗示にかかっている人に対して、個人的に「話が通じないので、攻撃しましょう」ということはマティアスさんは言ってませんでした。

よって、暗示にかかっていない人は、情報元に対して粘り強く根気よく、異論・抗議(攻撃じゃないですよ)・主張を続けていくことが必要だと。

でもこれは、西洋の場合です。


日本の場合は、「しっかりした報道をしたらほめる。しかし、間違いだったらそれを正すように笑って突っ込む。マスメディアが間違いを認めたら、その情報に関しては認める」という、子育てをすることが多いように感じています。

誰もかれもがテレビやラジオ(私は好き)やネット報道を忌み嫌っている訳ではないし、むしろ面白いテレビだったら見ます。

ただ、「正確な情報を報道をしてほしいだけ」です。

日本の場合は、極端ではなく「ゆっくり、変化する方向を指し示すこと」をずっとやってきています。無理強いをしてきませんでした。

NHKも、「マトモではなくなってしまって、赤い国に占領されている状態が嫌、偏った報道が嫌」ですので、中道に戻れたら見ます。
「中に入り込んでいる赤い国の人たちの頭の中を徹底的に排除」を目指しているのが日本だと思っています。





いきなり考察--

ラット(繊細で頭がいいネズミの種類)のオペラント条件付けで、同じ環境下での行動の条件付けをした場合、「条件付けで付けた行動様式(定着した行動)を消す」には、通常「条件付けした行動を一度もやらない」が鉄則の上で、最低でも行動が定着するのと同じ期間、「その行動・思考をしても一切刺激が与えられない期間」が必要。


例えば、ラットの場合「いくつかあるレバーを押す(条件)→餌がちょっとだけ与えられる(刺激がある・この場合は快刺激)→特定のレバーを押すという条件付け行動が定着する」のに、1週間かかるとする。

レバーを押すという「常動行動」に対して「餌を与えない」(刺激が無い・快刺激が与えられない・不快である)ということを続けると、最低でも1週間、なだらかな曲線を描いて行動が消失していく。

しかし、行動消去の期間、条件付けられた行動に対して、「一度でも」刺激がある場合は、常動行動が復活するため、条件づけられた行動は強固な行動として、二重の条件付けが行われたことになる。

よって、常動行動を消去する際、一度でも同じ刺激を与えた場合は「消去は不可能」。


オペラント条件付けは、ラットに対してのストレスを最小限度にするために、条件づけられた行動が常動行動となったら、その直後に「消去」という過程に切り替える。





過去の事例と比較--

(データ無し)


今回、ヒトに対する2年間以上に渡る「不快な刺激による条件付け」が行われている。

そのうえ、個別の条件付けではなく、集団(群衆)で行われた条件付けである。

ヒトは、思考する生き物である。

よって、催眠暗示をかけられた状態が一歩進んで、自分を暗示にかけるという所まで行っている。

テレビが今更「どうかと思うなあ~」と言ったところで、条件付けされた人(集団・群衆)は、「何言ってんだ?訳わからない。混乱するからやめろ。イラつく。どうすればいいんだ。怒りがわく。人に当たり散らす。攻撃が加速する。やっぱり打っておこう。いや、やめたほうがいいのか。思考するなんて面倒だから打っとく」という感情と思考と行動の混乱が起こる可能性が高い。
(私は、ヒトで完全なオペラント条件付けを行っていない。なぜなら、それは「実験倫理に反する」から)

そのうえ、そのテレビ報道で言ったことを他の人に伝えた場合「全員が、その条件付けされた行動を消去しようとしているかどうか」のデータがないから、どうなるか分からない。



集団での群集心理の操作(何重にも条件付けされた行動を操ること)の実例で分かりやすいのが、先の大戦であるので、それと比較する。

先の大戦で、「竹やりでB29を落とそうとした」所まで、思考を固定されるまでに、2年以内しかかかっていない。
(状況が悪化していても、否定することは許されなかった。不快刺激であっても、条件反射として「やっぱり行くところまで行く。死ぬ恐怖は終戦まで続いた。」という思考と行動様式は変化しなかった)。

大本営発表が「少々苦戦しておりますが」と言った所で、「不快なのに、もうやめられない」という思考が固定していた。

大本営発表は、徐々に情報を攪乱させていくということをした。

そのため「条件づけられた行動様式、思考様式」は、逆に強化された。


1942~1945まで、ヒトでの実験がなされたとするならば、終戦後、GHQが来た時に「殺されないような行動様式」は定着していたため、「歓迎」という行動に変化した。

思考としては「殺される/死ぬかもしれないから、服従している」だが、 表から見た行動は「終戦を喜び、GHQが助けてくれていることに感謝している、むしろ熱狂的な歓迎に見えるが、恐怖と殺意でいつでも攻撃できる」という行動に変化しただけだと考える。


GHQにはCIAから、「なぜ歓迎されるのか分からない」という報告が上がっているし、同時に「何をされるか分からないので、刺激しないほうが良い」という通達を、占領軍すべての人に周知させていた。

日本の人たちは、行動が固定されていた。
(その当時、日本にいた人たちは、「国籍が日本だけではない」が、同じように行動が固定されていた。しかし、言語が違う人たちも同時に存在していて、その人たちは「与えられたものをそのまま飲み込まないという情報共有をしていた」ので、条件付け条件下であっても、思考が完全に狂わずに済んだ人たちがいた。)



条件付けされた行動が、「消去されるまで一定の条件下ではない場合」は、1942~1951年(公式に、GHQの占領は終了した年)までは、思考の変化は見られない場合が非常に多かったが、表出する行動には変化が見られた。

非公式では、GHQは一気に引き上げたのではなく、1955年ぐらいまで居たという記録が残っているため、完全に行動・思考様式が消去されることは今もって無い。

1945年以降に生まれた人であっても、GHQが持ち込んだ物に過度に服従するという行動様式が見られる。

これは、ヒトが思考する動物であるということを考えると、「負けたが卑屈になりたくない。新しい価値観にならなければならない」と強迫的に思い続けることによって、かえって「卑屈になる」という自己暗示が行われたと考える。

名残として「カタカナ和製英語」「英語が話せない聞けない書けないことに対してだけ、劣等感を感じる」などなど、多岐にわたる。

何かから解放されようとする時に、「揺り戻し現象」(バックラッシュ)が起こることが多い。
(波が来た時に、その波は戻るが、戻る間に、また波が来ているので、波同士がぶつかって大波に変化する自然現象)

波のごとく、1942年から始まった「不快な条件付けと、快条件付け」が同時に行われたため、80年程度たっても「自国を心底から信じられない。自国を自分がいる場所として考えようとした時に、不愉快な感覚になる」という、完全なる条件付けの後遺症を負っている人も多い。

これは、脳の回路が張り巡らされているときに、物事が一つずつ起こっておらず、混迷した状態に適応したために「人間の感覚が変化した」という事例として考える。




テレビ報道およびマスメディアに関する考察--

2年以上も様々な条件付けをし続けた報道(大衆への報道=マス・コミュニケーション)が、多少何か違うことを言ったとしても、「条件づけられた行動が全くきれいに消えることはなく、思考は定着しており、その状態に適応しているため、まるで、文化が変わったように見える」ところまで、頭の中と行動をいじられていると考えるのは、不都合ではないと考える。



考察まとめ--

今更何言ってんだ。

でも、建前だけ「こわいよねー」とは言っても、本音は「もういや、面倒。飽きた。付き合ってられない」と、マスメディアや政府を突き放しているという人も、多いと思う。

こういう時の日本の武器は「建前だけでもOK」という元々持ち合わせている「二重に思考している事が前提という文化」かもしれません。

器用なのだと思います。




雑追記--

まえの戦争で、何年間にも渡り何重にもなされた条件付けでも、まともな人たちがいました。
頭をやられていない人たちです。

彼らは、「独自に守るものがあった」「そもそも、関心がなかった」「最初からどうなるのか見通していた」という、繊細で感受性が高く、個別に考えるという生き方をしてきた人たちでした。

彼らは、表や建前では周りに合わせていましたが、個別の考え(本音)を放棄しませんでした。

(戦争どころではない事情を抱えていた人も多かった)

彼らにラジオ放送が入らなかったかどうかは関係ない。ラジオ放送を聞いていなかったから「個を保てた」のではありませんでした。

情報は、耳と目と口を伝って入ってきますので、テレビの有無(情報拡散機器の有無)は、関係ないということでしょう。


そういった精神的な破壊行動が外部から行われたときに、自分を守ろうとする行動は「自分が好きでやめられない事を続ける。目の前の問題に集中しているが、それは情報からは切り離したものであって、全体と同じでは無い物事」です。

その行動・思考は、個人個人バラバラなので、条件付けを行っている側も取りこぼしをてしまいます。

バラバラでいること、そして、バラバラなのに、どこかで繋がっているという、見えないネットワークを使える人がいたし、いるのだと思います。

個々人での行動に見せかけるという、非常に器用(自分では不器用だと持っていたりするけれど)なことかもしれません。

「防御はバラバラのほうが可能だ」は、「鳥の群れの中に赤ちゃんがヨチヨチ入っていくと、全ての鳥が一気にバラバラの方向に飛ぶ」が、「また戻ってくる」という行動を見ていると、説明がつきます。

逃げ遅れると、容赦ない赤ちゃんにギュッと掴まれて、ギューっと抱きしめられて、鳥が窒息します。


逃げ遅れない個体は、生き残るってことでしょうか。





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