*電子うさぎの記憶* v.2.0

迷惑なサイコパス炙り出し・フロイトの手の内暴露・偽スピ系/偽精神科医/偽カウンセラー潰し。人を攻撃する目的皆無

TV 新トワイライト・ゾーン「時のすきま」1985

TV 新・トワイライト・ゾーン : 時のすきま /1985/米


トワイライト・ゾーンの1985年のものです。

「世にも奇妙な物語」もミステリーが入っているSFで大好きです。

日本のSFは、本当に不思議なものを表現することが上手なので、癖になります。


この一遍のドラマですが・・・

「時間って何?」と、子供の時から分かりませんでした。

見えない、感じた感じと違う、人によっても長さが違う、一瞬のようでいて永遠のように感じることもある、60秒で1分が60回で1時間・・・1年・・・10年・・・

地球って何?なんで回っているの? 地球はなぜ、太陽の周りを規則正しく回っているの?

宇宙は全部広がっているのかもしれないけれど、回っているの?

その回っている渦を飛び越えることは、時間を行き来することになるの?


アインシュタインの相対性理論を読んで、「相対性理論はなぜ、絶対ではないのだろう?」と思いました。


SFばかり読んだり見たりしていて、ドラえもんも次元を超えるし、全編がSFですし、でも、いちいち「なるほどね」と納得した瞬間に「なんでそうなってるの?」の先に行けない時に、この短編ドラマを見ました。

相対性理論と、次元(空間と時間)と宇宙と自分がどうやら「何もわからんっ」という、再スタートにもなった一遍でした。


ゆーちゅーぶが著作権フリーになったとは知らなくて、日本語字幕版をUPしてくださっていた方がいたので、引用します。




EP38 "時のすきま A Matter of Minutes" - Twilight Zone(1985年版、日本語字幕付き)




ガリバー旅行記・ユートピア・一九八四年・華氏451度・星新一全編・ハウザーの記憶・ドウエル教授の首・合成怪物の逆襲・ドノバンの脳髄・フィリップKディック(乱読)・すばらしい新世界・痴愚神禮讃・世界各国の神話と童話(SFとしか思えない)・アーサーCクラーク、などなど・・・

代表的なものは一通り読み続けているのですが、あまり知名度が高くないであろうSFも読んでいて楽しくてやめられません。


本格的なSFのテレビをテレビ禁止から逃れてから「こんなすごいSFドラマがあったの・・・」と驚きつつ、上記の話が一番好きで、「何かをどこかに置き忘れたら、数分待ってから元の場所に行くと、本当にある」ということは実際にあって、記憶間違いや置き間違いが起きないものでもそれが起こるので、不思議だなあという事象は、「私だけじゃなかったんだっ」と、ちょっと嬉しくなった一本でもあります。

何かの場所を「記録」しておかなければならない環境から逃れられないとき、記憶を少しでも間違えると「生きていることを否定される」という怖い目に遭っていたので、このドラマはちょっと助かりました。


時間を作っている人たちがいうセリフで、「まあ、僕たちにはたっぷりと余裕があるからね(時間があるからね)」という、パラドックス付きのドラマです。


「神様はいない」という確信があった私には「越えられない何かの向こう側には行けないが、なぜかそうなっている。そのシステムを作った何かがある」というものが神様になりました。

そうなると、万物が「なぜそうなっているのかは、わからないので、万物は神様」なのではないか?と思っています。

その神様の手先が一人出演しているという感じのドラマでもあって、「仕事している本人が、なぜかを知らされていない設定はなぜ?」という、新たなナゼ?も、生まれました。



時間が止まるのも進むのも、飛び越えるのも、消えるのも、「概念」なのか、本当に「時間というもの」が存在しているのか?は、わかりませんが、「そういう風になっている」で終わるのではなく、「なぜ、そうなっているのだろうか?」が停止するまでは、生きてるってことなんだろうか?








記憶が薄れない病気みたいなのを抱えて生きてくると、できるだけ音を聞かない、見ないように生きなければならなくて、これこそ本当に「通常の生活に支障がある」という神経障害なのかなあ(骨折が治らないみたいな)?と、目に見えない苦痛を抱えていたりして、「過去を忘れることができる能力がある人」になりたいと本気で思う。

出来たら、時のはざまかどこかに挟まって、ちょっと一息付きたい気も。




デストピアの向こう側が少しずつ見えてきました。

そしたら、デストピアの向こう側をもう書いている人たちがいて、「やっぱり辿り着かないと、次の道標が見えないもんだね」と驚きです。


マシンはに感情が宿ることは、実はない。

ブレードランナーの登場人物は「すべてがシステムの中のプログラムで、ヒトは一人も出てこない」というネタバレは、書いた本人も書いた時にはわからなかったのでは無かろうか?と思う。

マシンに感情や魂というものが搭載されたら、それは「システム(高性能計算機)」でしかない。

シンギュラリティ(グーグルも目指している)は夢見た桃源郷かもしれないけれど、もしそうなのだとしたら「ヒト」自体がもうマシンなんですけれどもね。

それだけではないナニカを生き物がなぜ、全員期限付きでもっているのか?は、マシンに「寿命があるように見えても、実は生命とは違うシステムダウンなだけで、自走式になっても、どこまでも超高性能の計算機で、パラドックスも計算して算出して一番無難か一番危険なものの中から、導き出した数式を言葉に置き換えれば、答えとして通用する計算機」です。



でも考えてもみたら、消えない記憶を抱えて(撃たれた人の脳が吹っ飛ぶところとか、浮かんでる死体とか)生きるより、確かに「マシンになって、記憶を制御できるようになれれば楽だなあ、感情も辛くなったら安全装置が働いてシャットダウンしたら少しは生きやすくなるだろうし、骨折しても部品取替えで何とか歩けるならそれに越したことはないし、ポルノグラフィティの空想科学少年みたいに考えてたのが実現するなら、先に言ってほしい。まだ私は心の準備が必要な生き物なんだ。」と、2020年に思いました。


まだ、マシンになれなさそうだけれど、音が聞こえないように耳栓やイヤーマフやヘッドホンで音楽を聴いていたり、眼鏡をはずしている時間をたくさん作って見えないようにしていたり、情報遮断はかなり定期的に行う必要があるし、マスメディアの情報はほとんど見ない状態にし続けていたら、少しだけ楽になり始めました。


薬で頭を弱らせるより、感覚を鈍らせて過剰な刺激を減らす方法は、即効性があって実際にできることが多いんだなあ。



時のはざまに行けないから、こんなことやってる。







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