*電子うさぎの記憶* v.2.0

迷惑なサイコパス炙り出し・フロイトの手の内暴露・偽スピ系/偽精神科医/偽カウンセラー潰し。人を攻撃する目的皆無

・私はヒトが嫌いです

私は人間が嫌いでございます。

大っ嫌いだっ。

あのくそ女(実母)が、ホンマモンのサイコパスという事が生物科学的に証明できるまでは、霊長類ヒトについて考えたり見たり聞いたりすることを諦める訳にはいきません。

「こいつ(実母/サイコパス)はヒトという種族ではあるが、何なんだ?」という謎に挑戦し始めてから、そろそろ半世紀です。(生まれてから数えると)

「積み重なった、よく分からない心的状態」だとしても、なんのそのなのは、謎が謎すぎるからです。
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リアルに存在する「DNA欠損か、変なプログラムが起動したか、DNAの突然変異によるものなのか分からないヒト」のサンプルが実母というのは、どうも納得がいかないのだけれども、世界最高峰の霊長類ヒトという動物の中に、なぜ、なぜ、なぜに、あのようなモノが誕生して、ヒト同士で共食いをさせるという愚行に走るのか?

なぜ、まったく同じ行動様式の「ヒトを殺すゲームしかできないヒト」が突如として表出するのか?

これ↓
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「ヒトとは何だろうね?」

その謎から離れられないので、実際に住んでいる場所にはヒトがマバラな場所にしてますが、それでも目の前の自然界よりもヒトに目が行ってしまう。

「ヒトは、ほぼ全部、無害ではないかっ」という確認だけはできる。

だから余計に「なんで?」になる。


サイコパスが本当に存在している存在証明がほぼ出来るのに、霊長類ヒトを特定したり、ヒトをヒトと証明することが出来ない動物ってなんだ。

一番身近なヒトという動物が一番謎に感じるので、せっかく自然界しかないような場所に住んでいてもヒトに対する興味がチットモ減らないので、何かの病気なのかと思うほどです。しかし、病気でも何でもないんだよ。

ヒトから離れようとすればするほど、ヒトに興味が湧いてしまう病気があれば、ヒトマニアなのだけれど、病気にさえなれないのはどうしたものか。


時々、自分の頭をパカッと開けて生体解剖してみたくなる時がある。(倫理のおかげで、ほかの動物の頭を開けたいとは思わないでいられている)
本当に脳には痛覚がないのか?痛点さえないのか?それは本当なのか?は、無痛で頭部を開けなければならないのだが、中々難しいようで。
頭を打つと痛いので、表皮には痛覚が集まっているようにも感じる。

と、話していたら、相手の表情が動かなくなって脳が停止しそうだったので、やめた事がある。しばしばある。

一番楽しい話が、自分の頭の中に本当に記憶する場所がないのかあるのか?とか、偏桃体をマヒさせると恐怖は一切感じなくなるのか?とか。自分の頭蓋骨の下の脳を鏡を見ながら「ここは突いても大丈夫か?」とやってみたい。

他人に実験されるより、是非とも自分で色々やってみたいのだけれど、ナチが生体実験をやりすぎて倫理がきつくなったので、あれは迷惑だった。
「やるなそんなこと」と、思いながらナチの旗を見る度に「もっとやり方があっただろう。痛みや恐怖は想像がつくけれど、それ無しでやらなかったんだよなあ・・・」と、鍵十字がチラッと頭をかすめる度に「やり過ぎでした。殺しはだめです。合法の他殺があるとしたら、心身共に絶対無痛な」とか、いろいろ思う。


恐怖で人を操るヒトが、なぜ発生するのか?しかも、回覧板を世界中で回しているようにグルグルと順番に。

「地球は町内会じゃないんだぞ」と、戦争やら紛争を仕掛ける側に言いたい。そんな事しなくても、自然界はヒトに対してそこまで優しくないだろうと。

たった75億ぐらいしかいない仲間で、なぜ同士討ちをさせられたりするんだ。ヒトはそんな事は必要ないと知っているのに。

常に心穏やかでいたいような人の方が多いのに、なぜ、ヒトは諍いを仕掛けられると乗ってしまうほどお人好しなのだろうか?
心優しい動物だからこそウッカリ誘いに乗ってしまう性質は、他の動物と同じように備わっているのに。



お人好しのヒトが最初に発明したものが「神様」というものだった。と思う。

他の人ために祈るなんて動物は、ちょっと他にいないので、多分ヒトが最初に発明したものが「神様」だったのではないか?と思う。

悲しみや苦しみをもう味あわせたくないという優しさが生んだ「神様」という概念も持ちながら、なぜ、同士討ちをするのかが、いまだに意味不明。

ヒトには優しさと悪魔みたいなモノが同居しているというのなら、そんなの、他の動物にもあるのでヒト特有のものではない。


人が堕落するとかしないとかよりも、元々「楽したい」と考えてしまう性質は一体どこからやって来たのだろうか?

植物と話したり、あらゆる動物と話したり暮らしたり、無機物にまで魂が宿っている日常の中で、「これほど不思議な動物はいない」と思いながら暮らしている。



そういえば、一昨年、自然破壊が大好きな役人が除草剤を撒きそうな気配がしたので、その直前にいくつかの可愛らしい花を一株、庭に移住させてみた。

二年後、可愛らしい筈の花が庭いっぱいになってしまった。

彼らは自由だな。

ユウウゲショウという殊勝な名前がついているのですが、1年ぐらいは何処かに消えていたのに、今年はアッという間にピンク色のグランドカバーになってしまった。

ムスカリも球根植物のはずなのに、種が沢山でそれがどこかに散らばってしまったらしい。

来年辺りユウゲショウとムスカリが縄張り争いを繰り広げるのか、同族同士で食い散らかし合うのか。お金が無くても自然界は生きているんだなあ。

「ヒトも、元々はこの位強かったのではないだろうか?」と思いつつ、ユウゲショウを踏みつけながら家に入ってきてコレを書いてます。

(奴らは、踏んだら踏んだだけ強くなるので、気にしなくて良くて・・・。来年はもう手が付けられなくなっているかもしれない)


青い花だらけの庭にしようとしたら、ピンク系の花ばかりになっていて、「思い通りにいかないのが人生よ」と、彼らの強さにタジタジです。


この小さな庭にはルールがあります。一つだけ。

「除草剤を使わない」。

このルールを守っていると生態系が勝手に出来上がっていくらしく、この間は土の中で眠っていたカエルを起こしてしまった。

今日は、玄関の前にカタツムリが歩いていた。

青虫をどうしようか?と思ったら、鳥は来るし、カマキリは捕食してくれるし、夜はチョウもガも捕食するらしいクモが来て、ゴキブリまでが捕食されている様子。


ほかの家にはネズミが住み着いているらしいのだけれど、この家の周りは猫さんの通り道らしく、ネズミが出てこないんだ。

どこかのネコさんが玄関の前に丁寧に置いて行ったネズミを、「要らないっ」と無下に断るわけにもいかないし。

日々、悩みは尽きないものです。










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