*電子うさぎの記憶* v.2.0

*電子うさぎの記憶* ヴァージョン2です。 C-PTSDと共に生きています。

堅苦しい話を書きます。


祖父が健在であったら・・・

幾度も戦地に派兵され、終戦後シベリアから生還した後、今の「騒動」を見て、どう思うだろうか?と思いました。


祖父が戦地から送り続けた写真を整理し続けている中で、「報道されていることと全く違う」という事実に突き当たり、私は個人的に「あらゆる報道」に対して猜疑心を持つようになりました。

「本当のことを知りたい」と思い始めたのは、祖父が話してくれた事と、教科書、その当時の大人、あらゆる報道が食い違っていたから・・・というのも、含まれていると思っています。


それを踏まえて今回の騒動を見ていると、どうしても、クニによる「不要不急の外出は控えて下さい、マスクを着用してください」というアナウンスも「空襲から逃れるために、夜に明かりを点ける場合は、電灯に黒い布で光が漏れないようにしろ。カーテンは黒くして閉めろ。夜外出する時は、緊急時のみにしろ、その場合、電灯には黒い布(黒いマスク)をかぶせろ」という命令が想起されます。

夜、明かりを外に漏らさなかったのに、照明弾により明るくされて空襲の被害に遭われ、多数の人たちの命が失われました。

「政府の命令を聞けば、そこは絶対に爆弾は投下されない」という広報と命令の元、逃げ遅れた方も多くいらっしゃいました。

思い出すのがつらいです。


祖父は生涯、その当時のクニを恨んでいる様子は全くありませんでした。しかし、一時も忘れていないことは、子供心によく分かりました。


その祖父が、テレビのどの番組を見ていたのか?と言いますと・・・

「中継がある限り、国会中継」です。

ラジオの国会中継も聞いていました。

(私は、他の子供向け番組を見たかったのですが、「ダメ」という一言で、国会中継を見てました。豪華な会議場だなあって。続いて、大相撲でしたので、お相撲さんも好きになりました。)

ただし、祖父は、テレビのニュースは見ないのです。

新聞は普通に見ていましたけれど、楽しそうでしたので「面白記事」の読者だったようです。


私は、祖父がなぜ、「出来得る限りクニを見張っているのか?」が分かりませんでした。

それも、いつも、オンタイム(ライブ配信)で。

(昔は、NHKも少しはまともだったのだなあ・・・)


騒動が持ち上がって以降、私は、気が付いたら祖父と同じことをしている事に気が付きました。

「クニを監視している」と言っても過言ではないほど、クニの広報・サイト・公示・中継(記者会見・国会中継の議題)などの情報を見るようにしています。


疑っていなければ、こんなことをする必要がありません。

「今度は何をやるつもりなのか?」を読まなければ、祖父が不安になりそうであったように、私は、自分を安心させるために「大元のネタ」にアクセスしているのだと思います。


情報は多いですし、議員さんや各々のSNSも確かに秀逸ですが、情報が錯綜している時は、元ネタを当たりたくなるものなのだなあ・・・と思っています。

有名人や著名人、博士号を持っている方、研究者さんの一部の方々は、やはり「公の人」ですから、元ネタ(クニ)に楯突くとちょっとまずい。

であれば、情報は絞ります。


2020年の始めから「あれ?あれれ?」という事があまりにも増えましたので、「大本営の発表は信じない」(1945年以降に沢山の人が学んだこと)ために、元ネタを知ることが必要だと考えています。


ころころと変化する「大本営発表」、大袈裟になっていく「大本営の姿勢」。


これらを、祖父が今見たら、たぶん、とても静かな声で「スルーしとけ」と言うであろうと思います。


祖父の代の方々が健在で、その方々の言葉の中にも「なんか、戦時中みたいだね」というものが多く含まれているような気がしてなりません。


ワクチン・クーポンが、赤紙に見えてしまったのも、2020年からのクニの動きが「まんま戦時中」だからだったと思います。

クニからの「マスク配給・現物支給」が、「配給券が無いので、現物にて」「配給券以外は食うな」という時を、思い出したからかもしれません。

戦争の「雰囲気」(空気)に抗えず、戦艦や、兵隊さんが命を落とされたことも、当時の報道よりも、「現実は、全てが嘘ではない」という事の方が信憑性があります。

「「空気」の研究」を上梓された山本七平氏の「空気という、化け物」について、あまりにもリアルに感じているのは、「戦時中と同じ空気」だからかもしれません。


ワクチンパスポート(ワクチン接種証明書)については、大袈裟ですが「一億総玉砕」「一億総火の玉」に感じます。
(ワクチンパスポートを取得しなければ、日本人ではないという脅しのようにも感じてしまいます→「一致団結して、目に見えない敵に勝つ!」「全ての人は道連れです」)


でも、帰還して後(のち)、祖父は落ち着いていました。

安心したからではないのは、「静かにクニを監視し続けた」という祖父を見ていれば分かります。

なぜ、落ち着いていたか?というと、「クニのやり方を理屈ではなく、体験したから、よ~く分かってる」という類の落ち着きです。




二度と、同じように集団自決の覚悟まで追い込まれないために、「何があっても落ち着いて、クニが何を言おうが聞いてから落ち着いて、それらは無かった事にはならないが、スルーする」という、今の私の行動に結びついている祖父からの知恵なのかもしれません。


情報が錯綜すればするほど、頭がボーっとなるほどの情報量になりますが、「大本営」は一つですし、そこが指揮権を放棄していたとしても、そこを通過しなければ「広報を発しても無駄」ですので、見張る相手は「元ネタであるクニ」です。

鬼畜米英が存在しなかったように、「なんとか」というものは、存在していなかったのではないか?と、どうしても疑ってしまうのは、大正元年生まれの、祖父の経験を元に判断しているからです。



民主主義というのは、「個人がクニを動かしている」という自覚から始まります。

クニが国家や個人を動かしているのではないという基本的なところから始まります。

「クニは、個々人が所有しているもの。個人を所有しているのはクニではない。個人は自分個人の持ち主」です。

もし、「クニが個々人を所有している」としたら、違った国になっていると思います。

そして、クニは「そもそも、幻である」。

(=植え付けられた幻想と、それを植え付け続けるのを仕事としている人達のことです)

もし、クニに対して何かを望むとしたら、「個人が考えて動く」事で主導権は個人がそのまま握っていられます。

1945年にタナボタでゲットした民主主義という、大昔から存在している日本固有の民主主義とは違う西洋風の思想は、堂々と使わなくては損です。

「クニという幻は、個人が握っているのであって、国家やクニが握っているのではない。クニは個人の所有物であるから、個人に対して命令する事は決してできない」という解釈はいまだに有効です。

個人が個人を支配し、隷属させる事も禁じています。

古くても使えるものは大切に使わないと、勿体ないのが「法」。

個人に対して、個人が命令する事も強要することもできません。
個人の「正義」はその個人のみの正義であって、公共の福祉に反すれば(他の個人に対しての不利益につながるのであれば)、その「正義」はほかの個人に対しては「無効であり、禁止されている行為」です。

多分、国際法のどこかに「何人も、個人に対して強要することを禁ずる」という項目がありそうです。
それが、絵に描いた餅であっても、一応切り札になるのではないかと思います。

感情的に奇声を上げる事はしませんが、私個人で出来る事は、以上に挙げた事だと思っています。




祖父は、「生きたいように生きろ。生き抜け」という人でした。

その祖父が未来に遺した言葉が、今、とてつもなく大切だと感じています。





※つけたし※

「騒動」と書きましたが、後世にならないと、今の状態に名前は付かないので暫定的に付けました。

ちなみに、山本七平氏は「空気を無理やり変えることは、不可能だった。今考えてみると、「空気」を変えたのは、たった一言「現実」という水を差すこと」と、書いていました。

「現実」とは、今現在の場合「裸の王様に対して、裸だ!という現実を突きつけること」と解釈するとしたら、「無い」という現実を、たくさんの人たちが知る事です。

裸の王様に「きれいなお召し物ですね」と権威に対して無理な嘘をつくより、「あ~あ、着てないよ、あの王様・・・」のほうが、自然です。


2020年2月10日(どの国の時間か分かりません)のオスカー賞授賞式(アカデミー賞の授賞式)・・・

マスク・密集・多数の人たち・・・

その動画だけで「あっ」と思うのではないかと思います。

「な~んだ。」です。

彼らも命が惜しければ、有名人だろうと何だろうと、「対策」を講じないはずがないです。

では、なぜ、彼らが「通常通り」だったのか?です。

ニュース映像では無いのですが、「全く違う方面から情報を読む」と、ほっとします。




騒動が持ち上がったのは、2020年1月です。

こういう場所にいる人たちが、知らないはずがないです。(優先的に知らされる人たちだと思います)




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電子うさぎ

Author:電子うさぎ
C-ptsd, PTG。
(傾向は、INFJ-t, HSPです)

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(グーグルが嫌になって避難してきました)

被虐待サバイバーで、C-PTSDと共に生きています。

本・映画・落語に心を救われています。
被虐待後の人が大人になり、どんな人生を歩んでいるのか?というブログが少ないので、徒然なるままに生息記録を書いております。

流れで、大脳生理学・脳科学・心理学は、専門機関を経た後、ディープな趣味になり申した。

最愛のねこさんがいなくなり、3年後。
やけくそで始めたDIYと庭造りにハマってしまいました。

オットの失踪で落胆しきっている時、瀕死の子猫さんを救助。

2021年6月より「コトリさん」という名前の猫さんと再び暮らし始めました。

人生、何が起こるかサッパリ分かりません。

よろしくお願い致し申す。


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