*電子うさぎの記憶* v.2.0

迷惑なサイコパス炙り出し・フロイトの手の内暴露・偽スピ系/偽精神科医/偽カウンセラー潰し。人を攻撃する目的皆無

・「もう疲れた」ということです/Todd Hayen

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俺はやった、やってやった
(said : 一生飽きないプログラムをされているサル)





Todd Hayen on living in two competing worlds


最初に。

日本に於ける「空気」は神智学の「Egregore」(エグゴア/エグレゴア/エグリゴア)として、「集団パニック/大衆の集団催眠状態で操られている様子」をまじめに定義分析をしている人もいます。

egregore(e)
https://www.ascensie.nl/egregor.htm
というHPもありますし、「空気に勝つ方法」としか読めない本も出版されています。

リチャード・ドーキンス(?)という人が、化学分析をしているそうです。

・・・偽スピ系が悪用しそうですが、日本だと「空気」のことです。

すっごい不思議な現象らしいのですが、「空気という化け物」「いい空気」とか、当たり前に使っていてそれと共に生きていると「神智学?!」って思いますが、それくらい分からないみたいです。

「あの時は、そういう空気だった」は、「集合的無意識が、大衆形成と大衆行動形成に関与していたのだ」という説明になるようです。

「空気」と共に生きるのも、自然と共に生きるのと同じことぐらい自然なので「え?」と思いました。



動画です。


もう、なんていうか・・・

誰もかれも「混乱する事に疲れた」という状態。

人間って飽きてくるんですよね・・・。

この心理療法士(催眠心理療法士)も「中傷されまくってもう疲れた・・・」と言ってます。

心理療法士は「突飛な世界に住んでいる人を正気に戻そう」とする仕事です。

常に、正気の世界を保つことは心理療法士にとっては、必須です。
(誰が決めたのか知らないけどw)

要約ですが、彼は、こんなことを話し始めました・・・

「2つの世界が同時進行で進んでいるって知らなかったさ。ね。普通そうだろ? Aという世界に俺は住んでたんだよ。でさ、Bっていう世界があるなんて知らなかったのね。
でもさ、AもBも元々同時にあったんだろ?なあ、ジャーム(ポッドキャスターの名前)。溜息・・・。

俺はね、Aの元々いた世界に戻りたいな~とも思うんだ。でも、Bの世界があるって知ってしまったらさ、純粋無垢にAの世界に戻ることができなくなったんだ。

以前だったらさ、まあ、9.11の時だって、適当に流したよ。
で、元居たAの世界に帰れたんだ。

聞いてくれよ・・・。
俺、帰れなくなった・・・。

もうどうだった良くなったっていうか、憂鬱だし、絶望的だし、落ち込むし、混乱するし、不安だし・・・。
デスメットって博士がいたよね?
説明はわかったよ。うん。
だから何だよっ。だからって、俺はね、両方の世界を同時に持つことは生まれて初めてで、ちっともウキウキしないの。

無垢に浮き浮きした気分に戻りたいなあ。
ああ、無理だなあ・・・。

どの博士も一生懸命だよね。
でも、目の前のさ・・・
滅茶苦茶救急車が増えたり、死体袋を警官が運んでいるのを、毎日何回も見ているとさ・・・。は~あ・・・

いや、俺はね、情報戦とかどうでもいいってかさ・・・。
(いろんな博士の名前を出して)議論しているだろ?盛んにさ。

集団催眠状態について?ああ、それならねいつも起こってるよ。
運転している時に「運転に集中している状態」っていうと分かりやすいかな。
頭ではほかのことを考えているんだけど、夢遊状態で家まで帰れるだろ?あの状態の道路上は「全員催眠状態中」って言えるよ。
自己暗示とも呼ぶけどね。

学者が言う催眠状態と、日常生活で何かに集中している状態の自己催眠状態は似ていても違うんだ。

俺はクリニックで実際に「患者の現実が変わる」っていう瞬間を見てるよ。
心霊番組じゃなくてね。

俺がやってるのは、「カルト心理療法(偽スピ系の暗示による、人の現実を変えるという犯罪)」をやってるわけじゃなくてね、その人が怖がって嫌がってることでも何でも見られるようになるだけなんだよ。
そこにある現実なんだけど・・・、彼らは目の前の現実に気が付くだけなんだよ。

「集団暗示」とか「精神病的大衆操作された暗示」とは、近いようでいて違うよ。

でも、俺がやってることと、デスメットの「大衆・集団暗示」とは近いようで違うんだよ。

それが、俺の身に起こったんだ。2020年にね。「現実が見えた」っての。

それからメインストリームメディア(主要メディア)が流さないものが見えてきてさ、女王はエヴィルだろ?トムハンクスは小児性愛者だろ?そういうことが普通に見えるようになると、現実が暗くてさ。

以前だったら、(元居た世界だったら)、以前のように女王の国葬に関してのドキュメンタリーを見続けただろうし、チャンネルを変えて映画を見たりすれば忘れて楽しい気分になるようなものを見て集中すれば気分を変えることができる、まあ、楽しい世界だよな。

自分がさ、デスメットが言っていた「マス(大衆)」だと思ってなかったんだよね。

今目の前の世界はね、暗くてじめじめしてて、気持ち悪かったり気分が悪くなるものも多いよ。
元の世界と現実の世界が同居していて、混乱することに疲れるってか、落ち込むっていうかね・・・。」


という話が続きます。

この心理療法士は「目が覚めたばかりの気分は最悪、できる事なら無視したいけど、無視できないほど現実はもう見えてしまってしかも危険」という、「現実を見るって怖いよ」という話をしています。


私も、確かにそうだと思います。

目の前の海は変わらず、なにも変わっていないのに、世界中の人の話を聞き続けるということにシフトしたのが2020だったのですが、「休みたいなあ」と思ったりします。

この心理療法士はアメリカ在住なんですが、11月の中間選挙が「もう悪魔の巣窟にしか見えない」状態っていやだろうなあと思います。


で、彼の話を聞いていて「合衆国の情報の氾濫は、日本どころではなく、本当に頭の中を混乱させられていた」と分かりました。


はっきりと、人が普通に戻ったのが、国葬までの間の短期間だったような気がします。(日本では)
ワクチンやCOVIDの話は「空気が変わった」ので、もう違う空気にシフトしたという言い方ができて、しかも、そういう空気に覆われていても「まあ、いつも、空気には逆らえないよね。」という柔軟さが、西洋文化圏の中で合衆国という場所は「空気」を完全にメディアに操られているという状態なのではないかなあ?と思います。

実際、西洋文化圏の人たち(合衆国)の人から話を聞いていると、「完全なる分断」ともいえるほど「メディアが作った幻想による現実(どっちにしても現実とは、程遠い幻みたいな現実)」に、すでに操られているように感じます。

悪いことに「メディアは嘘ばっかりだ」ということさえいえない「空気」が出来上がっていたみたいです。

いろんな人からの、様々な「現実」が全く違うので、思ったよりも深刻なのではないか?と思います。

ただし、もともと、本を読んだり、自分の気持ちを大切にしようとしてメディアに違和感を感じている人は「ずっと、自分が不安定で病気だと思ってた」とさえ言います。

その中でも「現実を見ない。以前と何も変わらないじゃないの・・・。何言ってるの?」と言う人もいて、「自由の国ってデスニーランド化が完了していた?!」って思う時もあります。


ここ数か月ですが、私たちが「メディアは駄目だよ・・・」「あ~あ・・・」みたいに、根っこが地面に深く根差していると「馬鹿があぶりだされている。バカが見分けやすくなった。やっぱり正体を現した」と、ほんのりとしています。

「無かったことにしない普通の人がとっても多いんだなあ。」と、ほっとします。

「白黒ハッキリさせる自由」の中で生きているような文化圏の人たちは「灰色の部分(明暗の間)のほうが多い」ということを体験してこなかったみたいです。

日本のように「はっきりしない部分をきちんと認識する能力」というのは、集団パニックに陥りにくいのではないかと思っています。

私は、「独りだと思ってた」ぐらい、グレーの部分と真っ暗寄りに生きていたので、逆に「日本の明るい部分がすごい眩しいんだけども、まぶしいはずの明るさが不快ではなくて安心する」って思っています。


今、「明暗がはっきりしている自由」の中で生きている文化圏の人が「灰色の部分に本当のことがほとんど詰まっていたんだ!これが、マトリックスのレッド・ピルだ!」ということを「言葉」で説明しようとしている人が多いです。

この頭の中の混乱を回避する方法なんて「薬飲めば治るよ」というものではなくて、日本人としてできることは「灰色の部分(現実)を話そうとして、どうしたら良いか分からない」という人たちに、日本が積み重ねてきた「灰色の中にもいろいろあって、それが常に変化するもの」という前提で話を聞いて、ちょっとだけその人が「言葉にならない部分」に対して、その部分を日本の概念で補うと、無茶苦茶ほっとしてくれます。

これまで、一生懸命「明暗だけではなく、灰色の部分を無いことにしない」と生きてきた人がとても多い中に住んでいると「意識しないほど当たり前」のことなのですが、灰色の部分で主に暮らしている日本が「実は、すごく現実を大切にしている」と再認識しています。

柔らかさや、優しさ、極端に走らないという「現実を見据えた現実」は、やはり、メディアが一時期騒いでいたらしい「日本すごい」というのとは、全く違っていると思います。


私が言う「一度日本に来ればいいのに」というのは、心が迷った人が来ると「ああ、ハッキリしなくても良いんだね」とほっとする可能性が高いので、そう言ってきました。

日本に来れなくても「はっきりものを言わない。それは、現実自体が明暗の極端な部分には無いことのほうが、当たり前だから」を基本にして話をしていると、唯物主義にならされてしまって、メディアに人生を乗っ取られた人で混乱している人が、「ん?え?何言ってもいいの?大変な時に、怒らないの?ん?怒ってもいいの?」みたいに言われます。

しっかりカテゴリ分けもしてあって、自分をカテゴリに当てはめるのが当然の世界は、「柵のない、開いた檻だった」みたいです。




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I just wish them and we all Japanese also safe .