*電子うさぎの記憶* v.2.0

迷惑なサイコパス炙り出し・フロイトの手の内暴露・偽スピ系/偽精神科医/偽カウンセラー潰し。人を攻撃する目的皆無

・「空気」は人の情緒や感情が醸成させる、と思う

結論だけ先に書きます。

「空気」は、人の情緒や感情が作り出すもの。その醸成や感情、感覚を煽るものは広報機関(報道)である。です。


--本文ここから--


2020から、誰かの気まぐれで世界的なゲームが始まっていました。

様々なところから「もう飽きた」「面倒だなあ」「もうその話題は疲れた」「混乱し続けていて逃げたい」などなどと聞いています。

私も例外ではありません。


2020以前から、やっとこらせで「空気」の正体についてを突き止めようとし始めましたが、「空気」という化け物が現れた2020から中断していました。

頭の中だけで「空気」の正体を考えようとしていたのですが、2020から「おや、本当に空気が現れた」(お化けが出た)という体験を通して感じたことがあります。

最初は、「空気」ってなに?から、山本七平氏の「「空気」の研究」にようやくたどり着きました。

本の途中で2020の「空気の化け物」が現れてから、ようやく「化け物空気」の正体がはっきり見えた感じがします。


どの場所でも「空気」というものが発生するのですが、猫さんと暮らし続けていると「おや?」と思うことが頻繁に起こっていました。

どうやら「人間だけに空気という化け物が存在する」のです。

猫さんは「人間界の空気は最初から無視」しております。


なるほどなるほど、「空気」は人間だけに見えたり感じたりするバケモノなのだなあ・・・と思いました。

COVID19 は、最初 SARS-Cov2という名前でした。そして、日本の国立感染症研究所が日本向けに「新型コロナウイルス感染症」として名前を変えました。

その間、私は大手ニュースプラットフォームのヘッドラインだけを追っていました。
(アンテナの不調でテレビが映らなくなっております)

日本語の「新型コロナウイルス感染症」は、いかにもキャッチーな名前なので「新型」「コロナ」「ウイルス」「感染症」の単語を解体すると、「新型」は私にとっては違和感を感じましたので、「誰をターゲットにしているのかなあ?」って考えました。

テレビを見ている人(主要メディア/新聞など)で、2020年当時65歳以上の戦後の団塊の世代にはなじみがある「キーワード」だと分かりました。

「コロナ」は、国染研では「1960年代から沢山のコロナの種類があるよ」と書いていましたので、「なるほど」と分かりました。
「風邪」という定義でした。それらは「たくさんあるけど、どれも終息している」と書いてありました。なるほど。収束する性質があるのだなと思いました。

「ウイルス」は「ヴィールス」「ウィルス」を変えたので「新語」でした。新たな流行を作るときには「キーワード/キャッチフレーズ」を決めるということをしますが、それに相当します。

「感染症」は、言葉を見るだけで「怖いなあ」と感じました。

しかし、テレビを見ていないので「終息する性質のある、新たな変種」という認識になりました。
(国染研はけっこうちゃんと仕事しているので、厚労省の傘下であって、不安を煽らないようにしていましたので安心できました/731というブログを書いたら、ものすごい数の陰謀論者が釣れました。ついでに極左思考で頭を乗っ取られている人も同時に釣れました。

「新型コロナ感染症」を、主要メディア/新聞を読む層が「新たな感染症は怖いよ」と煽っているんだろうなと感じたのは、その当時はまだヤフーのヘッドライン程度は見ていたので、テレビの報道や新聞がそういう風に報道しているんだろうな~と思いました。

最初に「終息する性質のもの」と、冷静に国染研がデータ開示をしていなければ、私も煽られていたと思います。
(たまに広報がぶれますが、基本的に真面目に仕事をしている人がほとんどです)

で、テレビメディアや新聞メディアは「PCRテスト陽性」を感染者数として、大手ニュースプラットフォームに赤い字で書き始めたので、WHO・ジョンズホプキンス大学の「感染グラフと世界地図」、を見ていましたが「数字がずれているのは変だなあ、感染者数の表示の仕方が、積み上げ式グラフなのは、その期間の変数ではないので、減った数が表示されないのは変だなあ」と思いました。

そして、いきなり中国が「感染者ゼロ」に近い状態をWHOが表示して、ジョンズホプキンス大学も同時に「中国は感染者数ゼロに近い」という風になったので、「変だなあ」と思って、WHOとジョンズホプキンス大学のグラフも見なくなりました。

PCRテストは、ある側面では「有機物の有無を調べる検査です」と、正式に発表されていたので「感染者数ではなく、有機体の数が増える?ってなに?」って思いました。

PCRテストで「陰性」の人は、「有機体ではない」という判定ということになります。


どこも嘘をついていないのですが、厚労省が最初「マスクと手洗い、人との距離を開ければ怖くないよ」という工法をしてくれていたので、「そっか」と思いました。

で、2020年5月25日の首相の記者会見で、実質上「日本の緊急事態宣言解除・コロナの終息宣言」が行われたのを、政府インターネットテレビで見て、「終息したんだね、速いなあ。さすがだね」と心底ほっとしました。

その時に、生物化学兵器による脅威(バイオハザード)が終息したと言わなかったのは、私が個人的に、この地方の自治体と、日本の人口総数に対する「特定のグラフ」を作成しつつ様子を見ていたら、確かに「2020年5月には、何かが忽然と消えた」というグラフと合致しているので、首相の「終息宣言と緊急事態宣言が本当だった」という裏付けデータ解析で分かりました。

日本は、2020年5月25日に、データ解析を基にして「コロナの終息」を発表した唯一の国でした。


しかし、終息したのにも関わらず、厚労省がそのあとに「終息したコロナの予防接種を、治験中のワクチンとして、開発途上であるが、ワクチン購入の契約を製薬会社と締結した」というPDFを発表しました。
(公式に、今も、厚労省でその契約締結の報告書を閲覧できます)

「終息宣言を、数字の解析結果によって行ったのになあ・・・。」と、様子を見ていました。

その「ワクチン購入の金額が恐ろしいほどの値段だった」ことに驚きました。

厚労省のだれかが、終息宣言を無視したのだな、困ったなあと思いました。(厚労省全部ではなく、「手柄が欲しかった人と利権がらみの人たち、製薬会社からお金をもらっている人たち」が決めたのは、厚労省のPDFを見ていると「名前が同じ(そのつながりのある人」ばかりだったので分かりました)

厚労省の一部の人の強大なごり押しに違和感を感じていました。

しかも、首相の名前が入っていませんでした。厚労省の一部の人が政府と首相を無視したんだな・・・と思いました。

その直前に、首相が「体調不良」ということで辞任されました。

首相が止められないほどの強大で世界的な脅威を相手にした状態であったことがわかるタイミングでした。


実は、ワクチンの契約提携は「閣議を通していません」。

越権行為をした厚労省の「手柄が欲しかった人」が決めたということです。

しかも、緊急事態宣言解除後ですから、閣議/議会を通すことができる状態なのに、「閣議を通さなかった」のです。

国葬については、首相と内閣での会議の結果ですから、NHKや朝日他のメディアは報道しませんでしたが、合法での決議です。

(現行法がどれほどボロボロであっても、その決議は「合法」でした。もし、それに異を唱える人がおられたら、日本国憲法の読み方を知らないか、日本語がわからない状態で暮らしているか、頭を乗っ取られて「歪んだ像」を脳内に映し出すプログラムをされている人です。残念ながら、頭を乗っ取られた人はその頭のまま亡くなるしかありません。若い世代であればプログラムが完了していない状態なので、「脳機能が正常」なままの思考をすることができます。)


ワクチンの契約を取ったと発表したのは内閣府ですが、実際にワクチンの契約を締結したのは「厚労省」です。
これは、政府を無視した行為(公務員に関する法律を侵していた)ので、私は様子を見ていました。

「前例がない」ということに対してアレルギー症状を起こすほど、「前例がないから棄却」を繰り返している厚労省のトップが動いたのです。

その後、厚労省とそれに関わる「利権にまみれた人だけ+そのしがらみがある人」が、次々と強引に法改正(憲法改正ではない)を毎日行い続けているPDFを厚労省が出しているので「おや、これは、一部の人の暴走ですねえ・・・」と、困っていました。


政府の各省庁に「工作員がおりますよ」という炙り出しを見ていましたが、相当数です。(肩書があれば、何をやってもいいと思い込んでいる非人間は、自分で名前を書きたいのでしょう。現在も堂々と書いてあります)

その人たちが「何とか委員会」を勝手に作って、「対策・ワクチン接種のスケジュール」を決め始めました。

菅さんも「抑えきれない」という状態です。なぜなら、首相/議会/議員を無視しているからです。(内部のテロです)


しかし、その厚労省の「内部の工作員」も、それに関わっている人も、「誰かからの圧力、命令には従う」という状態でした。
(工作員には、指示を与える人・組織が必要です)


少なくとも、日本国籍の人、1億2700万人を生物化学兵器の脅威(バイオハザード)から守った人を無視した行動は、「危険な人たちのテロ行為だな」とわかりました。

私が今も個別に地味に作成し続けているグラフを見ると、やはり、2020年5月には「バイオハザード」は消失しています。

日本の総人口と私が住んでいる自治体のグラフに相関がありました。
それを、日本郊外のグラフと見比べたいなあと思っていました。
2020年に「バイオハザードと思われる数字」があり、(中国はいきなりゼロになったので、不自然です)それが消失しているという素朴なグラフですが、やはり、世界で同時に「バイオハザード」が起こったという結果は、他国の同じ数字から取ったグラフと同じでしたので目視できます。

多分「そのグラフの数字」をみると、生物化学兵器による脅威は、世界中同時に起こりましたから意図的ではないか?と思います。

動かぬ証拠というのは、地道に地味に計算し続けることで現れるものです。

仮説を立てて、多方面からの数字を多角的に計算し続けて、「動かないもの」「共通しているもの」は、「証拠」として通用します。

ですから、「緊急事態宣言解除は、しっかり計算したうえでの判断だった」という裏どりができました。
(私のように、その計算にかかわっているチームとは全くかかわっていない人が、同じデータと数字とグラフが出ること=科学的な実証を裏付けることです。実験の統計解析の基礎です。)


ワクチンが必要ない数字に対して、閣議を通さずに「強引に委員会を立ち上げて、ワクチンが第2相治験の段階で緊急認可?の特別措置をとる必要がない・・・。なぜだ?」と思っていました。

ワクチンに関しては、私は元々重篤なアレルギーがあり、体が生理的な反応原因(アレルゲン)が特定されているので「様子を見る」と決めました。

国染研が「ワクチンの中身を一部公開しました。
しかし、他は公表されていない」と、正直に書いていました。(スクショは取ってあります)

その頃、私が「陰謀論者」という言葉を放たれて激怒しました。
(私は資料の数字・公表されているニュースの大元しか見ていない・テレビや新聞を見ていない・大手ニュースプラットフォームのヘッドライン程度しか見ていない。そして、私のマシンは既にネットの画面上から「感染者数」の表示がされないようにブロックしてありましたので見ていませんでした)

「陰謀論」や「陰謀論者」という言葉も私は知らなかったので、「どういう意味だ?」と言い放った相手に聞きましたが、その言葉を吐いた人間も意味が分からなかったようで、口をつぐみました。

こうやって、クズを炙り出す事が出来ている現状は、厳しいですが「弾くために、分かりやすくなった」と見れば、悪いことばかりでもありません。


そのころ、起こるはずのない「パンデミック」(新語)というものが「ネットの感染者数の表示・大手報道機関によるテレビでの報道・新聞などのパンデミックは起こったという報道により」、「空気」が発生しました。


私は、情報を絞っていましたし必要な情報を得ていましたから、「恐怖感」というものを煽られていません。

実験心理学は、「仮説」が証明されても、覆るのが通常ですし、薬物に関しては第3相治験までは「販売はしない。処方は通常見送る」という状態です。違法ですから。

で、第4相治験の時に、合法になり、ようやく医師が患者に対して「治験に参加する?」と聞くことができます。

第5相は「処方できるが、副作用も分かり始めている」ので、処方の際にはアナフィラキシーや副作用の説明もあるし、自分でも調べられる」ので、処方は可能ですし服用を患者が承諾した場合のみ可能になります。

治験は、その薬物が存在する限り続くのが通常です。


厚労省は、公報で「接種努力義務」と今も書いています。
その内容はまだそのままです。
「接種義務」ではなく、「接種するかどうか考える努力をする」という義務です。

今、4回目5回目になっているようですが、「接種努力義務」は、どの場所にも明記されたままです。あくまでも「任意」です。

「任意」は、自己責任において云々というバカな責任ではなく、「決定権が、本人に委任されている状態」という意味です。
「治験中の薬物に対して受け入れるか受け入れないかを決定する権利を、その本人が有している状態」ということです。

簡単に言うと「自由」です。

今も、「よく分からない液体を体内に注入するかどうかを、本人が決める権利を有している」という状態です。変わっておりません。


ワクチン接種に関して、ツイッターか何かで見たのですが「超過死亡数のグラフ」というものを見ました。
残念ながら、「データをどこから持ってきたのか、データ解析の方法、グラフ表示に使用したすべてのデータ」が表示されていませんでした。

ですので、SNSの超過死亡数のグラフは「作ろうと思えば、だれでも勝手に作れる」というものです。
信頼のおけるデータではありません。


私は、数字は、すべて保存してありますし、計算方法や、相関係数、あらゆるグラフに変化しても変わらない元データは通常の統計解析の手順に従っています。

どちらにしても、何度も計算するものですから、元データは大切な元資料になります。


やはり、そのデータ解析の結果は「第六波」や「新たな病気による数字(モンキー何とか)」が一切出ていません。

もし、そのような「第何波」があるとすれば、「ロックダウンがどうしても必要な状態であり、空港閉鎖や都市封鎖では抑え込むのは無理。完全なシェルターに避難して、そこの出入りはレベル4程度の厳重なセキュリティが必要。」です。

しかし、都市封鎖はありませんし、その後のお正月は、初詣の人で神社が沢山の人が参拝しておられました。
過去最高の人出だったようです。(2021年)

不思議なことに「神社では一切パンデミックやら、集団感染が起きない」のです。「第〇波」を予告されている状態ですから変です。
数字が出ないんです。
(不思議な事に、厚労省のデータがお正月1/1~1/3まで抜けています。なんで?役人が休んでもデータは保存させておける時代です。)


私はじみ~な計算を続けており、メインストリームメディアの情報は無視し続けていました。見るのは、厚労省や内閣府などの公の資料ですから、それらはニュース元です。

ニュース元が落ち着いているのに、「あらゆるメディア・ネット内SNSなど」を見ている人が「空気を醸成した」ということは言えます。

メディアは「空気醸成機」ですが、実際に「空気」を醸成させるのは「人の頭の中」です。

その人の頭の中の「恐怖感=興奮物質」が「空気」というものになります。


情報自体は、無機質なものですが、人がその情報を受けとった瞬間に「頭の中で起こる化学変化」が激しければ激しいほど、「空気」は大きなものになります。


データは無機質なものですが、データを扱う人の頭の中に「新型コロナ感染症がある」という概念形成がなされている場合は、そのデータの結果は「仮説の検証」にもならず、信頼できるものではありません。

「頭の中に、概念形成が為されていない状態での無機質な数字」が「仮説検証に値する」というのが、解析の基礎なのですが、数字をとっている人で計算している人の頭の中に「何らかの概念」がある場合は、数字を読めずグラフは正しく読めません。

ですから、SNSで「たくさんの都道府県からの数字をグラフにしている人」がおられましたが、残念ながら、そのグラフは仮説検証に値しないということです。

「見たい数字をだすのであれば、そういうグラフになるように、頭の中で数字を選んでしまう」という現象が起こります。

「ご苦労なこった・・・」、ですが、「一切の概念を排除していない数字とグラフ」を見たときに、「時間の無駄と、空気の醸成に加担しているだけ」という残念なものは有用ではないな・・・と、ちょっとがっかりしました。


なぜ、日本人が「数字が読めないか?」は、数字に対して「概念+感情を乗せてしまう」という情緒が豊かだからです。


その数字が良い方向に向けば「国葬に対して反対していない人」の感情が乗った「デジタル献花プロジェクト」の数字のように、無機質な数字が「感覚を伴った莫大なこころを表現することができる」というものになります。

それも「空気」の性質です。

日本人の情緒の豊かさは抜群ですから、数字一つにも愛情や情緒が乗せられるのはそれだけ能力が高い証拠として、今回は「デジタル献花プロジェクト」の数字を見ていました。

しかし、「恐怖=興奮物質による脳内の化学変化」が大きくなると、数字が「無機質」ではなく、「有機体」になります。人のこころが数字を動かしてしまいます。


2020から、私は山ほどの計算をし続けて、「仕事が・・・」という状態になりそうになりましたが、数字を絞るという作業に集中したのは最初のほうで、あとは、計算し続けるだけなので、機械的な作業になっています。

山ほどの数字を計算し続けてきましたが、やはり、「感情や情緒を煽られている人が出す数字による人の動き」というものも観察できました。


やはり、「空気」は化け物ではなく、「人の情緒や感情の大きな動きが行動に移された状態」であって、化け物でもなければ、神秘学で取り上げるような「手に負えない悪魔の所業」でもありません。


ですから、「空気」というものの正体は「人の情緒と感覚や感情そのもの」とわかりました。




「空気」という言葉を使うときに、気を付けなければならないことがあります。聞くときもそうですが・・・。

「あの時は、空気のせいで・・・、そうせざるを得なかった」という、山本七平氏の「「空気」の研究」の冒頭に使われている引用自体が、「フェイク」だったということです。

氏の、「空気とはなにか?」の、着眼点は良かった。

しかし、その証言をした、山本五十六が、1934年9月には、「戦争をして御覧に入れたいね。真珠湾とマニラを空爆したい。それが夢だからね。」という証言が公開されたのが、七平氏が本を書いてから25年以上も経ってからだった。

よって、山本五十六の「証言」の裏を取ることができなかった。

なぜ、25年以上も経ってから「山本五十六は戦艦大和を特攻戦艦に決定した事を空気のせいにして、彼は元々戦争をしたいことが夢だったかを言わなかったのか」が分かったのかというと、合衆国の公文書が、それまで公開なされていなかったからです。

なぜ、合衆国の公文書にその文章が入っていたのか?というのは、「在米大使のその記述自体が、合衆国によって公文書館に非公開保管されており、公開されていなかったから」であって、山本五十六の証言の裏を取ることが不可能だったからです。


もう一つ、山本七平氏は陸軍省の将校であって、海軍省の内部事情は一切知らないという事情があったからです。

当時の陸軍省と海軍省は「連絡」というものができていませんでした。情報共有を軍同士で「秘密にしあっていた」という状態では、七平氏には海軍省の「空気」がわからなかった。
だからこそ客観的になることができる部分も多いのですが、当時の「同国の軍同士の連絡がない状態」は、劣勢時の致命傷になるということも、今ではわかります。

よって、七平氏の着眼点は非常に良かったのだが、「海軍省の連合艦隊司令官長山本五十六の証言の裏どりが、内部の人間であったら、空気のせいにしたということが分かったのだが、陸軍省の将校には海軍省の司令官長の証言は絶対なものに聞こえてしまう」という「情緒と感情+思い込み(頭の中で概念形成されたもの)」が災いして、「裏取りをしないまま(できなかったまま)、証言を信じてしまった」という、当時のトップダウン方式の軍の在り方が、そのまま「考える基になった証言を考察・裏どりするまでもなく信じてしまった」という結果につながっています。

惜しい。

一度でも、軍に所属した場合は、「トップダウン形式の命令に対して、内部では話ができたが、省が違うだけで情報が来ない」という問題点も浮き彫りになった。

だからといって、七平氏の本が「一切ダメ」というのではなく、「「空気」の研究」という本で得られるものは、「その当時、軍の連絡が無かった」という、非常に有用な資料にもなり得るというご褒美付きの良書であるということは言えます。


これから、日本は必ず改憲します。

このまま団塊ゾンビ老人の乗っ取られたままの頭では、現行法はあまりにも「使えない」です。

報道であれば「事実を歪めて報道した場合は、しっかりとした刑罰を科す」というようにしなければ、いくら自由に書こうが報道しようが良いが、また「日本国内だけは知らなかった。日本国内だけが故意に歪めた情報によって人の情緒や感情が支配され煽られ、人の気持ちを傷つけ惑わすという精神的な暴力をふるっても合法」になってしまいます。

朝日・NHKを筆頭とした、メインストリームメディア(主要メディア)は、図体がでかいからこそ「地味な報道であっても、装飾しない」を貫くことが必要です。

人を傷つけること=精神的に傷つけることは、「民事」ではなく、「刑法に抵触する」というものがなければなりません。
そうすると、工作員を容易に炙り出すことができます。

検問をせずとも、憲法に「表現の自由はこれを保証する。検問はこれを認めない」となっていても、「工作員の行動はこの国内ではやってはならない」という憲法改正がなされれば(スパイ防止法みたいな感じ)、「虚偽の報道により、人の精神を傷つけ、操ることを故意にした場合は、刑法に抵触する」という項目が、憲法だけではなく、刑法の条項をも変えることができます。

嘘を平気で付き、故意に虚偽の報道をした場合は、「それは、公共の福祉に反する」という解釈がなされなければなりません。
そうすると、刑法を根底から変えることができます。

公の報道機関に対して「公平であれ、正直であれ」というのは、「公共の福祉」の文言を細かく制定することも必要ですが、「表現の自由はそれを保証する」の中身を「虚偽の報道もじゆうだも~ん」という解釈を通常の日本では致しません。

故意に情報を歪めたい国の出先機関は潰すことが必要です。


そして、今は自衛隊ですが、しっかりと明記して彼らの居場所を日本国内に確保し、常にお世話になっている彼らがいやすいように、憲法には自衛隊でも、自衛軍でも、国防軍でもいいですが、「国防軍は実弾を搭載している武器の携帯はこれを認める」という一言を付け加えることが必要不可欠だと考えています。
彼らにずっとお世話になり続けている私は(被災地でお世話になった)、彼らの居場所を明記することが必須だと考え続けてきています。


で、日本国外では「自衛隊ではなく、自衛軍だよねえ・・・。憲法さえ変えられればね・・・」「まだか?!」みたいな会話は普通にしてきました。40年以上。

ですから、もう、普通の人たち同士では「軍が実弾を持ち、自衛の為であれば威嚇行動ができるのは当たり前だよね・・・」という認識になっています。

私が工作員か?日本を守るための・・・・。


日本国内で云々している間に、日本国外とのやり取りの中では「日本には軍がある。でも、自衛できないというのはまずいね。ふつうは実弾を込めて威嚇するんだけど・・・ね」という状態になっています。

日本国外において、「九条」と言っても通じませんから、普通に中身を話してきました。

日本と敵対していない国々と話す場合は、普通に上記の会話になります。日本を勝手に敵だとみなしている国は、なぜか、日本国内だけで「反対」と言います。
日本を勝手に仮想敵国と見なしている国や国内の工作員、頭を乗ったられた人、陰謀論者の極左諸氏は、日本国外でも「日本は武力は一切認めない活動」でもすればいいのに、だ~れもやってないみたいなんですよね・・・。
こそこそと、日本国内でうごめいていても、何の意味もありません。

日本国内外に於いては既に、常にお世話になりっぱなしで申し訳ないほどの自衛官・自衛隊に対しては「居場所は必要、武器には実弾を込めるのは普通。そして、威嚇は実弾を込めた状態がいいよね」という合意がなされています。

勝手に、日本国内だけで「九条の変更は反対」とか「戦争になるからダメ」とか言ってれば?(笑)と、鼻で笑える状態になるまでに、個人であっても40年は充分な時間でした。

国際的にどうのこうのではなく、「自衛隊が軍であることは、日本国内外に於いて、すでに彼らの存在を認めている」に変化しています。


GHQ自体も傀儡でした。
それに踊らされた団塊ゾンビと同じ思考になっているのは「日本国内のほんのちょっとだけ」です。

日本は、もともと「全員一致になるまで時間がかかるが、そのほうが遺恨が残らない」という場所でもあります。

戦後77年以上です。工作員を炙り出して日本国内の法で裁くこと、報道は「普通に公平であれ」が常識として通用すること、自衛隊が名前を変えたとしても、彼らはすでに国内外では「日本の軍隊」として、平和部隊の代名詞になっています。



話が逸れましたが・・・


地道なデータの解析により、空気を変えることは不可能だと思いますが、「最初から情報を絞ることで、空気という化け物は、発生しない」と思います。

人の情動や感情を支配・操作するという行動は、「暴力」だと思います。

よって、「人の感情や情動を故意に歪めた報道による暴力」に対しては、刑罰も辞さないという考えです。


結果は、一番上に書いてあります。



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I just wish them and we all Japanese also safe .