*電子うさぎの記憶* v.2.0

迷惑なサイコパス炙り出し・フロイトの手の内暴露・偽スピ系/偽精神科医/偽カウンセラー潰し。人を攻撃する目的皆無

・「サイコパス」に取りつかれている理由と希望

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「サイコパス」については、自分の経験から突き止めようとし始めました。

少なくとも、約35年です。

化学や科学は、仮説・検証・実験・解析・反証の繰り返しなので「本当は答えがない」のです。

しかし、「なぜ、私の母親は通常の反応とはかけ離れていて、反応が決定的に違い続けているのか。
なぜ、母親の言う事を聞いていたら狂人扱いされるようになったのか?
なぜ、あのように、人を駒にして多重に重ねたゲームを続け、母親の歩いた後ろには死体が転がり続け、心を破壊され、亡くなり、人の人生が破壊されていくのだろうか?
なぜ、私が関わった人にまで触手を伸ばしてゲームの駒にしているのだろうか?
なぜ、母親には感情・感覚・情緒・こころ一切が無いのだろうか?」がスタートですので、ほかの人に認めてもらいたいということを考えたことが・・・そういえばなかった・・・。

しかし、実母の行動と結果に「なぜ?」が多すぎました。

最初は「精神的虐待というものをされていたのだろうか?」と思いました。

確かに「ダブルバインド」や「ガスライティング」という手法を多用している人と共に、生まれてから少なくとも20代前まで同じ場所に住んでいれば「頭が狂う、頭が停止する、頭がおかしくなる」という感覚が逆に無いので「なぜ?」とも思いました。

上記「ダブルバインド・ガスライティング」は、1対1で行われる「密室(野外でも二人でいる場合は、そこが密室になります)」ですから、客観的に外部の人に説明するのは、ほぼ不可能です。

これら「なぜ?」を徹底的に洗おうとして、実家というホロコーストから逃げ出した後にようやく「ダブルバインド・ガスライティング・精神的な暴力というものがある」と知りました。

もし、そのままあの場所に居続けていたら何も分からないまま「操り人形である事に疑問を抱かず、実母にとっての良い子を行なってそれを自分だと信じ、奴隷業に従事したままだった」と思います。


なぜ、「この女は危ない」と感じたのかは、私には分かりません。
しかし、なぜか「殺すか、自殺するか」という状態に陥っているままでは「私がこの女を殺してしまうだろう。自分で死ぬのであればせめて人間でいられるかもしれない。人間ってなんだろう。そして、この女は何だ?」と追い詰められた感じでした。

やはり、今も「何も分からないまま」ですが、「実母がやり続けてきた、人の命と心を駒にして破壊するゲーム。それも全滅を狙う」という行動が、数十年後にようやく「精神病質者ではなく、サイコパスというものではないか?」と、ようやくそこに突き当たりました。

同じ「ゲームに巻き込まれて人生が破壊された人」が、日本ではその時はまだ声を上げていませんでしたが、日本国外には「え・・・?そんなにいるのか?」というほど、被害者が山ほどいました。

立ち直るとかそういうものではなくて、「そのサイコパスをどう回避するか」という話をし続けましたが、そのサイコパスの「正体」は分かりませんでした。


サイコパスは見かけでは分かりません。

しかし、一度でも関わると「一瞬で見抜いて回避する」ようになります。それほど強烈な破壊力を持っているからです。


脳を調べている人たちと、自分でもいろいろやりましたが、「サイコパスの脳の特定の部位が決定的に反応しない箇所がある」という共通項がようやく見えてきました。

精神病者というものは、DSMやCDCの「精神病に関わる統計と指針マニュアル」が百科事典のようになっていて、70億人いたら、70億人は「何らかの精神病である」というところまでエスカレートしています。
そのうちの一つも「仮説と検証をしていない」という背景を知って「精神病自体・・・、無いのでは?」という感じです。

実母の行動は「過度に普通、過度によく出来ている」のですが、行動の背景にある感覚や感情や情緒を聞くと「ぞっとするほど冷淡で、生命が宿っているとは思えない答え」が返ってきました。

そこで、「彼女には、人間を真似る演技の能力は過度に高いが、感情や情緒、心や魂(日本なら理解できますが、西洋の科学は心と魂の部分で躓き続けています)が一切無いのではないか?たくさんの生物や、たくさんの人とちょっと話しただけで生きているかどうか分かるほど感情や感覚や心が伝わってくるのに、この女からは一切感じない。それは、私だけの感覚なのだろうか?」と思いました。(自分の感覚は疑います)

他の人に「どう?」と聞くと「答えようがない・・・」という答えです。どの人もです。
(私に気を使う必要がない場面では答えてくれます)


実母は何人殺しても、人を使って殺しているので捕まってないですから、ロバート・ヘア博士の「サイコパススケール」(俗に「サイコパス診断テスト」と呼ばれる専門家が使う尺度)の最初のものに「14歳までに犯罪歴がある」というものがありますが、実母には当てはまりません。

ヘア博士のサイコパスに関する研究相手は「捕まった人」なので、「サイコパススケール」に「犯罪歴があるかどうか?」という項目を入れたのだと思います。

しかし、間抜けなサイコパスであれば捕まりますが、実母は「ぞっとするほど冷淡に、人を駒にして、他人の生命と心を操作し、ゲームして破壊するが、捕まらない」まま生きています。


自分が体験した事が幻や想像であって、「同じ目に遭った人が日本にはいないのか?」と思いましたが、日本国内外で、自己愛性人格と呼ばれるものの中に「紛れている」場合があったり、話を聞いていて「この感覚を感じたことはありますか?」と聞くと「これまで誰にも信じてもらえないと思って話せなかったし、話そうとも思わなかった。自分が変なんだと思った」と、ほぼ同じ内容の言葉が返ってきます。言葉ではなくても「なんで知ってるんですか?」という驚きの目や態度になるので、もちろんフォローします。

「よく、生きて逃げられましたね・・・」と。


脳科学の基礎が今は発展して、頭の中の解体が進みましたが、脳には「私はサイコパスです」とは書いてありません。

どこを切ろうが、どう解体しようが「脳自体は同じ」なんです。

しかし、生きているときに「脳が反応する部位」に注目する脳科学ではなく、逆に「反応しない脳の部位がある」まではわかりました。

ヘア博士が作った「サイコパススケール」の改訂版を使って、「単なる人殺し」と「人殺しをしたサイコパス」に分ける事ができるようになりました。


まるで、脳の中は宇宙のように「何も分からないけど、ある」という状態なので、まだそこまでです。

そこまで来て、「脳の特定の部位が反応しない遺伝の可能性」は、以前は「分からない」だったのですが、ようやく「可能性はゼロではない」というところまできました。

私は自分を疑い続けているのですが(サイコパスというモノの行動をするDNAの何かが起動する可能性は否定できない)、「子供がいなくて良かった」と思っています。
サイコパスのDNAが遺伝するとして、何十代後に、遺伝した部分が起動する可能性はゼロではないからです。


それでこのブログを2019年から書き始めたら、2020から「え、サイコパスのやり方じゃん。関わらないようにしよう」と決めて、普通の人にも見えるデータを山ほど集めています。

サイコパスの行動には特徴があります。

・単独で行動する

・チームを組んでいる時があるが、チーム内の人間を「自分以外の誰かに」殺させる。

・チームは徐々に解体されていく。

・周りに沢山人がいても「サイコパスに対して逆らうということは生命維持が出来ないほど危険なのでで逆らわない状態にさせておく」。

・その周りにいた人たちは、サイコパスから離れても「破壊されているため、周りの普通の感覚の人たちから狂人か何か」として、距離を置かれる。

・サイコパスに従っている人は、人を操作するが、その人自身が破綻していく。

・サイコパスは「お金」や「人という駒」というものを「コレクション(集めて)」、「コレクションしたもの」を使ってゲームを続ける。

・サイコパスは決して頭がいいわけではないので「他人の知能を利用する」。

・サイコパスには「心を通わせる人や生物」というものが一切ないが、孤独も感じない。

・サイコパスは「勇気・自信」というものではなく「単に無謀な行動しかできない」ので、結局最後は「自らが破綻する」。


2020から、沢山の何かが一斉に動き始めましたが、サイコパスは用意周到な状態まで持っていくゲームをした後に、新たなゲームをスタートさせるので「同じゲームだ・・・」と思いました。

しかし、恐怖というものを感じないサイコパスであっても「興奮」という反応をする脳の部位は同じですから、そこが「反応」します。

その「興奮」(リラックスするのとは真逆)が、サイコパスの唯一の「楽しみ」であるということです。

・サイコパスは「飽きやすい」ので、「自分の周りの知能に、サイコパス自身を飽きさせないようにさせる」という行動をとります。


地球上に網を張って(ネット)、今回は「地球全体でゲームを始めた」のが2020だったと、私は思っています。


普通の人は多かれ少なかれ、危険を回避して生き延びるために「恐怖」という感覚を持っています。
その「恐怖」を煽って「判断能力を鈍らせる」、「蛇に睨まれると身がすくむ」という感覚や行動を起こさせて、サイコパスの周りの知能が奴隷よろしく用意した「怖かったら、これをやれば大丈夫です」という物に飛びつかせます。
サイコパスは普通の人たちの恐怖にかられた行動を見て大笑いします。
(実母の場合は、人が恐怖に駆られている時に一番楽しそうにゲラゲラ笑っていました)

サイコパスがいつも言う言葉でしたが「あ~楽しかった!」。
で、次のゲームを「ほかの知能に考えさせる」という終わりのないゲームです。

サイコパスが破綻するのは「他の知能が、サイコパスに分からないように、バレないようにいつの間にか消えている」時なのですが、今回の場合、「知能が高い人が全員サイコパスから離れるというのは難しい」ぐらい、大勢が関わっています。
しかも、ゲームに使う「お金」も充分コレクションしています。
(サイコパスにとって、お金は道具でしかありません)


サイコパスが「そのゲームに飽きたら当たり散らし、本気で心を破壊するという行動に出る」のですが、それをだれも止めることができないのです。

なぜなら、「サイコパスは恐怖を感じないから。自分を神だと知っているから(ここが分からない)。自分は決して死なないから(そう思っている)」ですが、暴れ方は「自殺に見せかけた他殺(相手の心を壊すから)」と「生きていても、廃人という状態に追い込む」とか、そういう行動をします。


最初から関わらなければ、ゲームが始まらないのですが、2020は始めましたね・・・。
その周りの知能集団がよく飼いならされていたのだと思います。


こんな荒唐無稽な経験は、私一人で充分でした。

知らなくても良いこともあると思います。理解できない方が良いこともあると思います。

地獄の門の前で何十年も「地獄から出たい」と思い続ける思いをする必要がないと、私は思います。
(ロダンの地獄の門が「地獄の入り口」であって、「出口ではなかった」というのは、地獄の門を出てから知りました)


ですから、今「よく分からないのに何かに駆られて内輪もめをしていたら、サイコパスのゲームにはまっている証拠だよ・・・」と思います。

例えばですが、例えば、「はんワクチンな人(普通に過去にワクチンでアナフィラキシーを起こした人や、無理な人は含まないです)と、わくちんに賛成している人」が揉めている姿を、サイコパスは「面白いっ」とゲラゲラ笑って見ています。

その「内輪もめ」を増大させるために、YoutubeやツイッターやFBから追い出して、同じネットの中の違うSNSや発言できる場所を潰さないのです。

見て楽しむために。


内輪もめや、人が人を傷つけてボロボロになっていくのを眺めて、「お茶はおいしいねえ~。」と言いながら高笑いしている母親とそっくりな状況を、今体験していて「ワクチンそのものはもう無視してもいいんだと思うよ。それより、なんで喧嘩しているの?ゲームの駒としてサイコパスを楽しませているなんてもうやめようよ・・・」と思っています。

・サイコパスは内輪もめ(戦争でもなんでも)が長引き、人が苦しめば苦しむ期間が長いほど「とっても楽しい」という感覚になります。苦しんで苦しんだ後、人が亡くなられた時高笑いをします。(母親が常にそうでした)


でも、「やめようよ・・・」と思うだけではダメな気がするので、これまで同様、私が狂人と言われようと何だろうと泣きながら書いている時があります。

一人に届けば、その人は生き延びられるかもしれませんから。


もう、人間同士が傷つけあうのは、変ですよ・・・。

優しい人にたくさん会って、私は生きてこられたのに。

サイコパスにみんな殺されて(心を破壊されたり、人生を潰されたり、廃人に追い込まれたりというのも含みます)、私は殺されそうな人を早いうちに逃がして、時には私が嫌われるように仕向ければサイコパス(母親)からも離れることができますので常に嫌われ役をしながら逃がして、いつもいつも孤独でも、心ある人たちのお陰で生きてこられたのに。


テレビを消して、ネットで癒し系の何かかわいい花や、なんでもいいですが、そういうものもあります。

忙しい中で、好きなことをちょっとでもして、普通の喧嘩や普通に笑うことをして(喧嘩させられるのではなくて)、美味しいものを食べて、冬だから暖かくして、普通に悩んだりして、正気に返って下さい。


攻撃し合いつつ殺し合いをさせ、苦しみ合わせて最後に死んでいくのを見続けるのが「至上の幸福」という感覚のサイコパスのゲームは、「スルーしても何も問題が起きません」し、ゲームから抜けて、自分の人生を生ききることができると思います。


悪魔とか鬼とか、本や映画やアニメや漫画に描写され続けていると思います。
私はRPGは左目がうまく見えないのでできませんが「ゲームの登場人物で似ても焼いても食えないキャラクター」とかで表現されているのではないかと思います。
現実にも、サイコパスに近い人で性格が悪い人が行き過ぎた行動をとったので「心が壊れる」という経験で知っている人もいるかもしれません。

ただ、一つだけ。
このゲームを見切って、サイコパスに仕掛けられたデスゲームを終わらせようとする人は「スルーしても、まったく何も問題が起こらない」ということは経験から言えます。

なぜなら、サイコパスが仕掛けるゲームは「攻撃し合い、殺し合い、傷つけあい、苦しませ合い続けるもの」であって、「そういう行動をしている人たちだけにターゲットを絞り込む」からです。


スルーしても、何も問題は起こりません。

私が、実母サイコパスのゲームの中に巻き込まれていても、スルーする前はすごく怖かったですし、やり切れませんでしたが、でも、じわじわとスルーし始めても、何も問題は起こりませんでした。

サイコパスは自滅して、躍起になってほかのターゲットを探していましたが、もう誰も相手にしていませんでした。


この「仕掛けられたデスゲーム」に疲れ切ってもう嫌になった人は、そのゲームに巻き込まれたことを認めるのは後にして(何なら認めなくても)、スルーして、落ち着いて正気に戻って、そのゲームから距離をとって、現実は厳しいですが自分の好きなことを少しでもして生きて下さいね。

どうか、私のようにならない人が一人でも増えること。それが、私の希望です。



余談ですが・・・

え~っと、私はまだサイコパスを解明するために「答えのない科学」というものを続けようと思います。

DNAの構造からやり直します。

これが結構楽しいです。


それと、脳に取りつかれていたのですが、「脳には記憶野が無い」というSFを全否定する事が分かって「あ、人間は脳に記憶を積んでいるんじゃないのだなあ。じゃあ、どこよ・・・。細胞かい?一つ一つの細胞のDNAのどこかに格納されるほど高機能なのかなあ?」という不思議に突き当たって「やっぱり何もわからない」っていう「振出しに戻る」というサイコロの目が出ちゃった感じです。

でも、不思議なことに、髪の毛一本からクローンを作って「同じ形でも、同じ人にはならない」ので、「どこに記憶があるのだろう?」と思います。

「あの日のあの光景を、どこが保っているのかなあ?」と、不思議で仕方がありません。

でも、死んじゃったら記憶も消えるはずなのに、誰かほかの人がその人を覚えていると「その人は生き返る」感覚があるのだから、体の細胞が記憶しているのではないのではなかろうか?とか、不思議は泉のようにわいてきます。

ぼーっと海を見ていると、その風景の中に溶け込んでいくあの感覚は何なんだろう・・・とか。

科学の向こう側に何かあるのではないか?は、ユングじいちゃんが書き残していますので、ちょっとユングじいちゃんと話すために、本を読もうかなあと思います。

あのじいちゃんなら、「僕も分からないよ」と言いそうで、なんか気が楽です。

私は、好きなことがこういうことなので、狂っている中にも正気の部分が残っているのかもしれません。わからないけれども。

まだ、前の猫さんが居ないことが理解できなくて悲しくて堪らないとか、そういう感覚は大事にしようかなあと思います。




もう、2020から3年です。そっちじゃないです・・・。

現実は退屈だったり厳しかったりしたかもしれないけど、3年もこの刺激を体験したら、そろそろ戻ってきてもいいかもって思います。

サイコパスの末端の駒が「テレビを点けるとそこに映し出される物事・新聞がこうしろ・こうだぞと書いたこと、ネットでああしろこうしろと書いてあること」は、スルーしても問題は何も起こらないです。

実際、私はこの3年間、何も起こってないんです。

自分の問題で手いっぱいで。。。


毎度くどくど・・・。は~あ・・・







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I just wish them and we all Japanese also safe .